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第二話 「修羅場は突然に」

 ある日の放課後、教室の廊下が騒がしいと思っていたら突然、名前を呼ばれた。


「ナタリー」

「あれ? こんなところで何してるの?」


 振り向くと目の前に、公爵令息であるゴリラがいた。


 私が在籍している下級貴族クラスに上級貴族が入ってくるのは、珍しいことだった。


 

 ステラリウム王立学園は、一年生のクラスは身分で分けられている。

 クラスによって教室があるフロアが違う。

 

 ゴリラのような上級貴族は、三階。

 私のような下級貴族はその一つ下、二階。

 そして一階は、平民や準男爵の生徒たちが集められている。

 それぞれのフロアで過ごすことがほとんどなので、フロアが違うと顔を合わせることはほとんどない。


 そんな下級貴族のクラスに、一目見て高貴と分かる金髪碧眼でキラキラオーラのゴリラが来たから、クラスが大騒ぎだ。


「このあと予定が空いていたら、カフェに行かないか? カフェ・エトワールの予約が取れたんだ」

「このあと……? ごめんね、執筆が……ふがっ」


 断ろうとしたら、後ろから口をふさがれた。

 文学オタク仲間のサーシャだ。

 大声なのに小声、という器用な声色で囁いた。


「ばか! あんた断るなんて何考えてんの! カフェ・エトワールと言えば、今王都で大人気の、予約の取れないカフェなんだからね!」

「ふがふが」

「絶対行ってきて! そして! 感想を聞かせて!」

「ふえー」

「あの、恋愛小説の第一人者、メルティハート先生の最新作でもこのカフェ出てるのよ!」

「ふぇ!!??」

「明日貸してあげるから、カフェの感想聞かせて!」

「ふん!」


 メルティハート先生とは、心をとろけさせるような純愛物語で有名な小説家だ。恋愛小説を勉強しようと読み始めてから知った。初めて読んだときは、全身がとろけるような衝撃だった。

 最新作は出たばかりで、まだ図書館になくて読んでいない。そんな作品の舞台に行けるなんて、プロの表現を間近で学べるチャンスだ。


 私から手を離したサーシャが、微妙な顔で手を凝視したあとに、ハンカチで丁寧に手をぬぐった。

 ごめん、ちょっとよだれ出ちゃったかも。

 私がゴリラに向きなおると、眉を下げて情けない顔をしてるゴリラと目が合った。

 待たせすぎたかな?


「行きましょう、ぜひ」

「ああ……だが、予定があったんじゃないのか?」

「今はカフェが大事な予定になりました」


 私は真っ直ぐに頷き、行こうと促した。

 そのままゴリラの馬車に乗せてもらい、一緒に向かった。

 雪の結晶をあしらった盾の紋章が描かれた馬車だった。

 きっとウィンターガルド公爵家の家紋なのだろう。


 それにしても公爵家って、他の馬車を追い越せるんだ……すごい……。


 帰宅ラッシュの時間帯で、学園の馬車道は大混雑。

 でも、公爵家の馬車は優先通行権があるらしく、護衛の騎士が先導して進み始める。

 学園の移動に、護衛がついているのも驚いた。


 道は一方通行の二車線。ステラリウム王立学園には王族や公爵家が通うために、道のルールが厳しく決まっていた。右側の優先レーンは普段空けておく決まりなんだけど、今日はそこを使って進んでいる。


 私たちの馬車は、右側の優先レーンを使って、ごぼう抜きしていった。

 権力ってすごい……。


 (あ、学園の外に出た)


 さっきまで右側レーンを独占していたのが嘘みたいに、馬車が縦一列に並んで進んだ。

 もちろん、まだ目立つ豪華な馬車ではあるんだけど――

 さすがに、公道ではごぼう抜きは禁止らしい。


 すぐに目的地に着いたらしい。

 馬車が止まり、ゴリラがエスコートしてくれる。

 案内されたのは、店の一番奥の広い座席だった。


「個室の方は埋まっていて取れなかったんだ。ここでもいいか?」


 また、へにょりと眉を下げてゴリラが聞いてきた。

 今日はなんだか自信なさげだ。

 どうしたんだろう?

 友達がいなくても堂々としてるゴリラはどこに行った。

 励ます勢いで「十分だよ!」と答えて座った。


 メニューを見てもよく分からなかったので、おすすめを頼んだ。

 店内は落ち着いたベージュが基調で、ところどころレース模様の壁紙があしらわれていた。

 メルティハート先生の小説ではどのように描写されていたのか、想像しただけでわくわくした。

 明日、最新作の小説を貸してもらえるのが楽しみだ。


「喜んでもらえて良かった」


 微笑んでいるゴリラを見て、ちょっと安心した。


「ここには、誰かと来る予定だったの?」

「ん?」

「ドタキャンされたから私を誘ったんでしょ?」


 一人でこんな可愛いお店に来るわけないよなぁと思いながら聞いた。


「ナタリーと一緒に来るために予約したんだ」


 彼はまっすぐに私を見つめて言った。


「……え?」


 真剣な彼の眼差し。

 胸が高鳴る。

 しばらく見つめあう時間が続いた後――後ろから声が聞こえた。


「昨日の夜、誰といたの?」


 その声は、この可愛い店内に似つかわしくない、どすの利いた女性の声だった。


「え? 一人だったけど?」


 答えたのは低い男性。


「嘘! 女といたんでしょ?」

「何言ってるんだよ。家で一人だったって」

「本当?」

「当たり前だろ。くだらないこと聞いてくんなよ」


 (これは……波乱のフラグ!?)


 何かが始まる予感に、心が浮き立った。

 なぜここにペンと紙がないのか。

 カフェだからだ。ここは高級カフェ。

 さすがにマナー違反になるから出せない。

 すべて覚えて帰らねば。


 沈黙が続く後ろの席。

 ここで落ち着くと思われた二人のやり取り。

 私の耳は、後ろに全集中だった。


「ナタリー? ナタ……」

「あれ? ジミー! 何してるの?」


 そこに突然、新たな登場人物が現れた。若い女性の声だ。


 (……誰?ジミーって男の名前よね?新しい登場人物は、誰なの!?)


 私は驚いて、こっそりと声の方を振り返った。

 そこには、後ろの席の男の元に歩み寄る、若くて派手な女性の姿があった。


 (え!? 誰? まさか……)


「偶然ね、ジミー! ……ちょっと、誰よこの女?」

「え、エリーゼ……!? どうしてここに!?」

「はあ? あんたこそ誰よ! 私はジミーの恋人だけど?」

「メイベル、ちょっと待てって」


 突然、二人の女性が取っ組み合いを始めた。


 (まさかの浮気相手がきたーーー!?)


「昨日の夜一緒にいたのはあんたね!?」

「だったら何だって言うのよ!??」


 (しゅ、修羅場だー!!)


 初めての、本気の修羅場。

 男性は二人の間に入った。

 店内は騒然としている。

 私は興味津々だった。


 (この物語の着地点は……!?)


「「誰が本命だったの?」」

「えっ……」

「「私よね?」」


 二人の女に選択を迫られる男性。

 恋人のメイベル(たぶん)を選ぶのか、浮気相手のエリーゼ(たぶん)か……!?


 沈黙の後、男性が選んだのは……。


「メイベル、許してくれ。ほんの出来心だったんだ。愛してるのはお前だけだ」


 男性は、恋人のメイベルを選んだ。


 (さ、さいてー!!!)


 私は後ろの席に身体ごと振り返って、もはやガン見していた。

 男の様子を見逃さないように、一挙手一投足を覚えるように見つめた。


 (この男を、いつか私の小説で痛い目に遭わせてやるんだから!)


 すると恋人メイベルが手を振り上げた。


「ふざけんじゃないわよ!!」


 バチンっと大きな音がして、男の顔が勢いよく動いた。


「あんたみたいな浮気男、願い下げだわ!!」


 メイベルは颯爽と帰っていった。

 その場に残された男と、浮気相手エリーゼ。


「……ははは、本当は、俺はおまえのことが好きなんだ。だからこれからは、俺と付き合おう?」


 左の頬を真っ赤にはらした男は、いけしゃあしゃあとそんなことをエリーゼに言った。


「馬鹿にしないでよ!!」


 バチン!!

 もう片方の頬を叩かれ、男の両頬は真っ赤だった。


「二度と連絡してこないで!」


 浮気相手のエリーゼは、カツカツとヒールの音を鳴らして帰って行った。

 その後、店員に促されて、男は店を後にした


 (うわ~、びっくりしたぁ)


 こんな修羅場あるんだぁ。

 自分のことではないのに、胸のどきどきが収まらないでいると、ゴリラが話しかけてきた。

 ゴリラのこと、すっかり忘れてた。


「あれ、女性たちはグルだな」

「え???」


 何を言っているのだろう?

 めちゃめちゃキャットファイトしてたではないか。


「彼らの席は、店内の奥から二番目だから、まず偶然に会う可能性は低い」

「あ、確かに」


 そういえば、浮気相手は偶然を装っていたけど、どこに行く予定でここに来たんだろう。

 奥には私とゴリラしかいない。

 初めから、ここにジミーという浮気男がいるのを知っていた……?


「それに、あの二人の女性、どっちも彼のこと好きじゃないな」

「え??」

「たぶん、目的はあっちだ」


 声を潜めて言った彼が、目線を私の後ろに向けた。


 修羅場カップルの席のさらに後ろの席で、顔を覆って泣いている女性がいた。

 隣にいる女友達が慰めている。


「あそこにいるのが、もともとの彼女だったんだろう。あの二人は、その子の友達だと思う。友達がひどい男に騙されてたから、一肌脱いだんだろうな」


 予想外の展開に、私は絶句した。

 私も声を潜めて聞いた。


「すごいね、なんで分かったの?」

「……あの女性たちが『誰が好きなの?』って聞いたから、かな。普通は、自分たちが恋愛対象なら『どっちが好きなの?』ってなるだろ? でも『誰が』って言ったってことは、自分たち以外にも相手がいるのを最初から知ってたってことだと思った」

「あ、なるほど……」

「それで、彼が一緒に座ってた女性の名前を挙げた直後、あの奥の席の女性が泣き出した。きっと彼女は、浮気男のことをずっと信じてたんだろうな。だからこそ、友達はああやって現実を見せようとしたんだと思う。……もし、あのとき違う名前を挙げてたら、また別の結末が見れたかもな」

「ひええぇぇ」


 すごい観察眼だ。

 なんだか濃い恋愛小説を一冊読み終えたような気分だった。


「あなた、推理小説とか書けるんじゃない?」

「小説は読む専門だよ」

「え! どんなの読むの?」


 とんでもない始まり方のティータイムだったけど、そのあと小説の話でゴリラとは盛り上がった。

 予想外に話が合い、時間を忘れるほど楽しかった。


 もちろん、学生寮に戻るとすぐに、カフェの修羅場については細かに書き留めた。

 そこには『浮気男を許さない!いつか物語で鉄槌を!!』とメモ書きしておいた。


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