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世界一素敵なゴリラと結婚します  作者: 志岐咲香
番外編:結婚の承諾編
19/39

銀花の約束

ナタリーが卒業パーティーで誘拐され、両想いになった翌日のお話です。

前半はナタリー視点、後半はグレゴリオス視点です。


 コンコン、コンコン。


 さっきから、何度もノックの音がしている。

 私はまだ寝ていたくて、音を遮るように布団に深くもぐりこんだ。


 軽くて、ふかふかの布団が心地良い。

 指先で布団をなぞると、柔らかな感触が伝わってきた。


 ……軽くて、ふかふか……?

 ……柔らかい……?


 学園寮の布団は、重くて硬くて、肌触りもざらついていたはずだ。


 ゆっくり目を開けると、天蓋から垂れるレースのカーテンが見えた。

 窓のカーテンはまだ閉められているが、隙間から差し込む光に、室内はぼんやりと照らされていた


 (……そうだ。昨日、ゴリラのタウンハウスに泊まったんだ)


 昨日はたしか、卒業パーティーで誘拐されて、ゴリラが助けに来てくれて代わりに刺されて、それで――


「わあ!!!」


 私は勢いよく上半身を起こした。

 深夜のテンションでゴリラにキスしたことを思い出し、今さらながら恥ずかしくなってきた。

 しかも、そのあとも……。

 思い出して身悶えていると、再びノックの音が響いた。


「ナタリー様? 悲鳴がしましたが、大丈夫でしょうか?」

「は、はいっ」

「失礼いたします」


 返事を確認してから、扉が静かに開き三名の侍女が入ってきた。

 皆が手際よく部屋を整え始める。

 カーテンが開かれると、真っ白な陽光が室内を満たし、昼をとうに過ぎていたことに気づかされた。


「おはようございます。ナタリー様。もう昼でございます」

「す、すみませんっ。寝すぎました……」


 気持ちの良い布団に包まれて、ぐっすり熟睡してしまった。


 この客室は、以前にも泊まったことがある部屋だ。

 以前に泊まったときは、落ち着いた内装で、普通のベッドが置かれていたはず。

 けれど今は、天蓋付きのベッドに、薄いピンクの壁紙。まるで女の子の憧れのような可愛らしい部屋に様変わりしていた。

 居心地が良すぎる。


 侍女たちがてきぱきと洗面や身支度の世話をしてくれた。

 そして持ってこられた着替えに驚いた。

 それは金色の豪奢なドレスだったのだ。

 今から夜会に行くのかと問いたくなるほど輝いていた。


 ドレスなんて、仮面舞踏会と卒業パーティーでしか着たことがない。

 今日、こんなドレスを着る必要性を感じなかった。


 けれど昨夜は、卒業パーティーのドレスのままこのタウンハウスに来たため、着替えを持っていなかった。

 寝間着も公爵家にお借りした物だ。


「あの、もっと質素な服でいいので、お借りできませんか?」

「とんでもございません。ナタリー様には最高のおもてなしをするよう、主人から申しつかっておりますので、どうぞお気になさらず」


 いやいや。気にするに決まっている。

 私が着たら、この高価なドレスを汚す自信しかない。

 もちろん弁償なんてできるはずがない。


 そう考えているときに、大事なことを思い出した。


 今日は、卒業パーティーの翌日。

 ステラリウム王立学園が、寮生を領地に帰省させるため、主要な馬車の発着所まで無料送迎馬車を出してくれる日だった。

 これを逃せば、自力で王都の乗合い馬車乗り場まで行き、領地行きの便を探さねばならない。手間も費用もかかる。


 すでに寮の荷物の大半はエーベル領に送ってあるし、残るのは手持ちの荷物だけ。

 この無料馬車に乗り遅れたら、交通費が倍になる。

 ぜひとも無料馬車に乗りたい。いや、乗らねばならない。

 私が予約していたのは、午後二時の便。今から急げば間に合う。


 乗合い馬車に乗るなら、なおさらこんな豪奢なドレスは着られなかった。

 一度寮に戻って自前の服に着替えることもできるが、ドレスを返却する時間がない。

 領地に持ち帰ってから返送する手もあるが、これほどかさばる服を入れられる鞄など持っていない。


「いえ、本当に……あ、よければ皆さんが着ている服と同じものをお借りできませんか?」

「え?」


 メイド服なら、そのまま着て帰っても不自然ではないし、領地に戻ってから洗って返すこともできる。


「あの、今思い出したんですけど、午後には領地に向かわないといけなくて……できれば急ぎたいんです」

「「「ええっ!?」」」


 侍女たちが動きを止め、息をのんで私を見つめた。

 そんなに変なことを言っただろうか……?



 侍女たちが目配せを交わし、なんとも言えない空気が漂いはじめた。

 ……これは、メイド服を借りるのは難しいのかもしれない。

 きっと公爵家のメイド服だから、特別なものなのだ。

 私が着て出歩いたら、公爵家の品位を損ねると思われているのかもしれない。

 そしてほぼ確実に品位を損ねてしまうだろう。


 今、私が着ているのは、公爵家に借りた絹の寝間着。

 薄ピンクの光沢を帯びたワンピースで、露出が高いわけではない。

 最悪、このまま出歩いても大丈夫なのでは……?

 寝間着だとバレるかな?

 走って帰ったら、ごまかせるかも。


「……もう、このままで行こうかな……」


 寝間着の裾をつまみ、ぼそりと呟いた瞬間だった。


「すぐにメイド服をお持ちいたしますので、お待ちくださいっ!」


 こうして私は、無事にメイド服をゲットしたのだった。



***



 俺は、朝からずっと落ち着かなかった。

 白いシャツの左袖を二の腕まで折り上げ、その下には包帯が巻かれている。

 傷は痛むが、それよりも気になるのは、別のことだった。

 上半身を起こしたまま、ベッドに腰かけ、ひたすら扉を見つめていた。


 (……昨日のことは夢だった、なんてことはないよな……?)


 昨夜、確かにナタリーと口づけを交わした。

 彼女の愛の言葉を、この耳で聞いた。

 そして、結婚を承諾してくれたのだ。

 

 あれは間違いなく現実だったはずだ。

 けれど――


 (こんな日に、昼過ぎまで寝ていられるか? まさか、昨日のことを忘れたなんてことは、ない……よな……?)


 胸の奥に、じわりと不安が広がる。

 怪我をしている身にもかかわらず、今朝は夜明け前に目が覚めた。

 そして、自分の部屋で、ナタリーが来てくれるのをひたすら待ち続けていた。

 だが、一向に気配はなく、侍従に様子を見に行かせたところ、「まだお休み中です」との返答が返ってきた。

 昼を過ぎてもなお、俺は何度も侍従に確認を命じていた。


 (想いを交わした翌日に、そんなにぐっすり眠れるものか……?)


 俺は不安になっていた。

 彼女は出会った頃からいつも、予想の斜め上を行くような子だった。

 今回もその可能性があると思うと、不安に押しつぶされそうだった。


 じりじりと時間が過ぎていく。

 医師からは「一週間は絶対安静」と命じられており、用を足す以外ではベッドから一歩も出られない。


 いつもなら冷静でいられるはずの俺も、今日ばかりは焦燥感に駆られ、時計の針ばかりを気にしていた。


 ――やがて。


「おはよう!」


 ナタリーがノックの音もそこそこに、勢いよく部屋に飛び込んできた。

 髪は少し跳ねていて、なぜかメイド服を着ている。


「……おはよう。なぜそんな服を着てるんだ?」

「うん、動きやすい服がよくて、お借りしたの! 今日中にエーベル男爵領に向かう予定で、予約してた馬車が来ちゃうから行くね! また連絡するね!」


 明るく手を振ろうとするナタリーの腕を、俺はとっさに掴んでいた。

 彼女はきょとんとした顔で、俺を見上げる。


「え、安静にしなきゃダメなんじゃないの?」


 気がつけば、俺はベッドを離れ、立ち上がっていた。


「……君に、ここにいて欲しい」

「うーん、でも……」

「君がそばにいてくれた方が、怪我の治りが早くなる気がするんだ」

「ええっ? 私、何もできないよ?」

「それでいい。ただ、そばにいてくれるだけで、十分なんだ」

「でも、今日しか卒業生用の無料馬車が出ないの。学園が領地方面の馬車乗り場まで出してくれる、寮生はみんな乗るやつ。時間も予約してるから……」

「……なら、使用人に伝えさせる。予約を取り消してもらえばいい」

「それじゃ迷惑がかかっちゃうし、交通費も割高になるし……」

「費用はすべて俺が持つ。お願いだ、ナタリー……君に、そばにいてほしい」


 俺は必死だった。

 今さら、格好なんてつけていられない。

 彼女と想いを交わした今、俺はもう――彼女なしではいられなかった。


 そのとき、ナタリーが叫んだ。


「ひええぇぇ……! ……イケメンの破壊力……!!」


 顔を真っ赤にしながら、こくこくと頷く。


 小さな声でブツブツと何か言っていた。

 彼女には、考えていることをつい口に出す癖がある。

 よく耳を澄ますと、「こんなにかっこよかったっけ?」と呟いていた。

 

 思わず頬が緩む。

 彼女からそんな言葉が聞けるなんて、夢みたいだ。

 頬を染める彼女の顔を、ずっと見ていたい。

 あふれる喜びを、俺はなんとか押し隠した。




 こうしてナタリーは、しばらくの間ウィンターガルド公爵家のタウンハウスに滞在することになった。

 彼女はエーベル男爵家に手紙を書き、公爵家の使用人が直接届けることになった。

 俺もまた、婚約の意思を伝える書状をしたため、一緒に届けさせた。


 こうなったら、この流れのまま公爵領に彼女を連れていきたい。

 そして、彼女の気が変わらないうちに、最短で式を挙げたい。

 もうこの想いを止めることはできなかった。


 彼女は滞在中、ほとんどの時間を小説執筆にあてていた。

 執筆場所は、俺の部屋だった。もっとも、それは寝室の隣にある私室だが。

 そこには大きな机と座り心地のいい椅子、辞書や図鑑を詰めた本棚があり、

 上質な紙と高級なインクが使いたい放題だった。

 彼女はそれをたいそう喜んでいた。


 まだ未婚の男女であるため、すべての扉は開け放たれていた。

 俺の寝室のベッドからは、ナタリーの姿が見えた。

 ペンの走る音を聞きながら、つい顔が緩んでしまう。

 彼女がそばにいる。ただそれだけで、心が浮き立った。



***



 ある日、インクが切れてナタリーが替えの瓶を探していたときのことだった。


「ここの引き出し、開けちゃっていいの?」

「ああ。そこに替えのインクがあるはずだ」


 ベッドの上で半身を起こした俺に視線を向けて確認すると、ナタリーは素直に頷いて引き出しを開けた。


「……あれ? これって……」


 小さくつぶやいたきり、彼女は急に黙り込んだ。

 不思議に思った俺は、隣室にそっと足を運ぶ。


「どうした? ……ああ、そんなところにあったのか」


 机の引き出しの奥に、模造の銀花がしまわれていた。

 卒業パーティーの夜、ホールを彩っていた特別な装飾花。

 俺が彼女に『銀花は渡さないよ。君と会うのは、今夜を最後にする』と言った、あの夜の花だった。それが、今ここにあった。


 彼女は銀花を手に取り、俺の方をまっすぐ見た。


「あのとき、渡さないって言ってたのに……。なんで、持ってるの?」


 ナタリーの問いかけに、俺は一瞬、視線を伏せた。

 だがやがて、静かに手を差し出した。


 彼女は迷うように一拍おいたあと、そっと銀花を俺に渡した。


 俺はそれをじっと見つめてから、口を開いた。


「……俺は諦めが悪くてね。君が困るかもって思いながらも、最後のチャンスを、諦められなかったんだ。銀花を渡そうか、直前まで迷っていた」


 あの日、俺はジャケットの内ポケットに銀花を忍ばせていた。

 その後にナタリーの誘拐事件が起こり、上着はどこかで脱ぎ捨て、銀花のことをすっかり忘れていた。

 きっと公爵家の誰かが上着をタウンハウスに運び、銀花をこの引き出しに入れたのだろう。


「なんで……あのとき、『渡さない』なんて言ったの?」


 ナタリーの瞳には、涙が溜まっていた。


「君が……困ってるように見えたんだ。ずっと求婚を断られていたし、俺が渡そうとしているのを迷惑に感じてるかと思って……。だから、安心させたかった。だけど……それが、君を傷つけたのなら、俺は――」

「私……ずるいけど……あのとき、あなたから、銀花をもらいたかったの」


 ぽろりと、涙が頬を伝う。

 俺は指先でその涙をそっと拭った。


「君を、心から愛している。君と、これからの人生をともに歩んでいきたい。……銀花を、受け取ってもらえるか?」


 ナタリーは、目に涙を浮かべたまま、こくりと頷いた。


「……はい」


 そして、銀花を受け取るその手に、もう迷いはなかった。


 互いの想いを確認するように、二人はそっと唇を重ねた。




 ――この直後、本来なら領地にいるはずのナタリーの父が突然現れ、二人のキス現場を目撃し、結婚に大反対することになるのだが、二人はまだそのことを知らない。


 ただ、ひとときの幸せに、静かに浸っていたのだった。


番外編、スタートです。


すべて完成してからの投稿ではないため、更新はゆっくりになるかと思いますが、少なくとも週に一度のペースで投稿していきたいと考えています。


本編よりも長くなる可能性もあります。


引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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