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頭の中と口から出る言葉の数には差がある


「メリア、お前の婚約が決まった」


「はい、承知しました。」



伯爵令嬢メリア・ローレンスは話があると、領主である父の書斎に呼び出されてお茶をしていた。

少し癖のある黒髪で特別美人というわけではないが、顔はそこそこに美人だと友人に評されたことがある。本音しか言わない友人であるのでメリアはそれを自分の外見を社会的に見た評価だと思っている。

社交場での言動も控えめで大人しそうと言われることも多く、目立つ容姿や装いをするタイプではない。一見どこにでもいる伯爵令嬢だ。


書斎で、重々しく切り出したのはメリアの婚約の話だった。

ローレンス伯爵は時流を読むのに長けていて、伯爵家の経済や商売を見事に回し、貴族の中でも裕福なほうである。

メリアはひとつ頷いて承諾の意を示し、お茶を飲んだ。


ーーーいい香りね。最近改良された茶葉かしら。


茶葉の香りにメリアの深い青色の瞳がやわらいだ。


「・・・ん?それだけか?」


「・・・他になにか?」


「・・・そうか」


メリアも父も口数が多いほうではない。二人は日常会話も貴族としての会話も端的に終わる。

メリアはお茶に添えられていた菓子をつまんだ。

父は家では寡黙だが、時々二人でお茶するときはメリアの好きな菓子を用意してくれる。そのことにほくほくしていると、書斎の扉がバンッと開いた。


館の主人の部屋にそんな入り方をする人間は一人である。


「そうじゃないでしょう!それで終わらせては駄目ですわよ、あなた!メリアもメリアです!あなたの婚約なんですからもっと興味持ちなさい!」


開け放たれた扉から大股で向かってくるのは伯爵夫人である。メリアと父の倍以上口がまわる母を眺めながら、メリアは口の中のお菓子を咀嚼する。


ーーー興味って言われてましても。どのみち私の婚約話なんてどれも似たようなもの、訳アリか後妻でしょう。



20歳になったメリアはこの国では行き遅れである。

もちろん、この国の貴族らしく10代で婚約していたが破談になったのだ。

相手は公爵家の次男坊だった。メリアには弟がいて伯爵家を継ぐ必要はないから、公爵家の分家となるため結婚する予定だった。

だが、元婚約者は真実の愛がどうとか言って他家の伯爵令嬢と恋仲になって婚約破棄騒動を起こし、破談となった。


相手の有責でも、傷物と呼ばれるのは女性となる時代だ。

メリアは出ていくはずだった人間がいまだに伯爵家に残っていることに後ろめたさがあり、婚約が決まったという知らせだけでほっとしてしまったのだ。


ーーーこれで伯爵家の役に立てる。


父は非のない娘に、無理に結婚する必要はないと言ってくれていたが、メリアは自分の最低限の希望を伝えて父に縁談を任せた。


メリアは父を尊敬しているし、父として娘を大切に思ってくれていることを知っている。だから、伯爵家のための縁談だろうと父の持ってきた縁談は受け入れると腹を決めていた。


「あなたったら、ちゃんと説明なさい。まったく、あなたがメリアを呼び出したと聞いたから来てみれば、頓珍漢な会話してるんだから驚いちゃったわ」


「立ち聞きはマナーに反するんじゃないのか?」


「情報収集は淑女のたしなみですわ。それに耳は目みたいに閉じることはできなくてよ。そんなことより、お相手についてあなたからちゃんと話しなさい」


父の隣に勝手に陣取り、会話の主導権を握った母に逆らえる者はここにいない。


「相手はアイザック・ガーディアン辺境伯だ。陛下から婚約の打診がきてな。先方も婚約を了承した。」


「なるほど。婚約の日取りはいつでしょう?」


「来週、辺境伯がローレンス領にいらっしゃるそうだ。そのときに縁談を正式にまとめる」


「少し急ですね。間に合うように準備を進めます」


「もっと言うことはなくって!?」


母がまた父に向かって言い募っているのを眺めながら、メアリは以前王城の夜会で見た辺境伯の姿を思い出していた。


辺境伯領は魔獣の巣窟である山と、長い小競り合いの末に15年前ようやく平和協定を結んだ隣国と接している。領主もその配下も戦士として、国境の警備にあたっている。辺境伯は国の守護者として地位を与えられているが社交界にはめったに現れず、戦いとは無縁のきらびやかな王都の人にはおそれられている。鬼の辺境伯だの、魔獣の生肉を食らうだのいろいろな噂が飛び交っている。


メリアのアイザック・ガーディアンの第一印象は、「大きいな」だった。メリアはこの国の女性の平均身長より高めであり、平均より低めの男性と並ぶくらいである。そのメリアより明らかに大きく、戦士らしく体格もいい。衣裳から除く日焼けした肌とたくましい筋肉は屋外での戦士としての活動を連想させる。黒い直毛が短く切りそろえており、近づくのも気が引けるほどに赤い眼は鋭く相手を見据える。


メリアもその夜会に元婚約者と参加していたが、会場についてすぐに友人のもとに行ってしまい、手持ち無沙汰になったメリアは挨拶周りの後は壁の花となっていた。似たように人の輪に入らず最低限の交流を終わらせて、陛下と話しこみながら会場を後にするアイザックを失礼にならない程度になんとなく眺めていたのをメアリは記憶している。


ーーー人柄はわからないわ。でも、あの方のなにかに目が惹かれたのよね。なんだったのか、話してみたらわかるかしら。


「メリア、あなたの未来の話よ。本当に承知できているの?」


伯爵夫人の真剣な声が考え事をしていたメリアを引き戻した。

メリアがなんと思おうと、王から打診された縁談ということは王命であると同義である。伯爵も辺境伯も断ることはほぼ不可能。それでも、父も母も娘の気持ちを汲み取ろうとしてくれている。

鋭く、どこか心配そうな母の瞳を見つめ返してメアリはほほ笑んでうなずいた。


「大丈夫ですわ、お母さま。まず会ってから今後のことは考えます。他人が評した言葉ではなく、私は自分が感じたことを信じますわ。」


「・・・そう。あなたが進むと決めたなら止めないわ。止めても無駄なのは母がよくわかっていますしね。ただし、決めたからには逃げずに向き合いなさい」


「はい、お母さま」


伯爵家には不利になるが、病弱だとか言って婚約を有耶無耶のなかったことにはできる可能性はある。しかし、メリアはそれをする気はなかった。


ーーー辺境伯は過酷な土地だと聞くわ。今のうちから体力づくりもしておこうかしら。


メアリ伯爵令嬢は黙って猫をかぶっていれば平凡な令嬢であるが、親しくなった人からはちょっと変と言われる令嬢である。























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