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七通目の手紙  今、僕に新しい生活を思い描く力を与えてくれている

 八月三十日  キルギシアにて


 僕がキルギシアから送るエピソードは、これが最後になる。少なくとも今のところはね。穏やかな生活に満ちた稀有な世界の片隅。人生の偉大さを再確認させてくれたこのオアシスをはなれて、ぼくは近い内に帰らないといけなくなる。


 イタリアに戻れば、カオスと化した交通渋滞を目の当たりにして、歴史が「巻き戻った」ような印象を受けるだろう。仕事のあり方がほとんど不毛と言っていいほどにくだらないことを痛感するだろう。


「生徒というのはナメクジみたいなもので、学校への道のりを渋々這うようにして進んでいく。」と、シェイクスピアが既にあの時代に言っていたけど、まだあの責め苦のような学校制度に直面する事だろう。


 特権をむさぼり、すっかり能面のような顔になった政治家達を拝む事になるだろう。自宅閉じこもめられたお年寄り達は、自分達を受け入れようとはしない世界を窓からひっそりとうかがっている事だろう。彼らは社会にからは阻害され、家族からは面倒がられ、雀の涙ほどの年金を食いつぶさないように気を遣いなが

ら生きていく。


 苦しみに喘ぐ僕達の国で、銃の犠牲になった人達を目にする事だろう。郊外の路上や繫華街には立ちんぼが長い列をなしているに違いない。病院や救急センターがあまりに多いことに気が付くだろう。キルギシアの病院はとてもよく出来ているけど、数は全国に三つしかない。それに、変革の結果、病気になる人が減ったから、どこもかなり空いている。


 血色が良くてでっぷりとした(けど決して幸せではない)金持ちの顔。イタリアに戻れば僕は色んな顔を見ることになるだろう。夢中で遊んでいる子供が何か言いつけられて、仕方なく抜けないといけない事ってあるよね。今の僕はそんな子供と同じ様な気持ちで、この国を後にしようとしている。


 素晴らしい遊びにふけるように、この社会の素晴らしさを綴ってきたというのに、それを中断しないといけないなんて、出来ればすぐにでも再開したいくらいさ。喧嘩や争い、個人から政治体制にいたるまで蔓延る偽善、押し付けがましい宣伝、大勢の人間がとらされる義務的な休暇、そしてとりわけ強制的な労働の義務。いったんこうした事がなくなってしまえば、莫大なエネルギーを皆の利益に還元する事が出来る、それを照明したいがために、それを実現したいがために、この社会は歩み続けている。


 憂いを抱えて生きていく苦悩から開放されるのだし、望んでもいない運命から皆を解き放つ事が出来るのだし、ひいては避けられない死の恐怖を乗り越えられるのじゃないかな。


 僕は案内人を抱きしめた。固い握手を交わし「また何時でも来てくれよ、」を約束した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 僕はもう空港にいて、この最後のエピソードを投稿しようとしていた。けれど、何か不思議な力が僕を押しとどめたんだ。僕は立ちすくんだまま、ロビーの窓ガラス越しに、僕を残して飛び立っていく飛行機を見つめていた。


 キルギシアの首都に戻ると、僕は滞在中に使っていたマンションをもう一度住まわしてくれないかと頼んでみた。こちらでの新しい友達は、僕を見るなり大喜びで迎えてくれた。僕はここを去る勇気がなかったことに気が付いたよ。どうだろう、皆にはキルギシアにやってくる勇気があるだろうか?


 僕は残りの人生をこの心穏やかな人達に囲まれて暮らしたい。彼らは誰にでも、自分がかけがえのない存在であるという事を改めて確認させてくれる。そうだよ、これは僕のたった一つ人生なんだ。


 僕はもう皆には綴らないでおくよ。皆はキルギシアについて充分知っている。「注目と尊厳に値する世界で初めての国なんだ」って、誰にでも教えてあげることが出来るはずだよ。


さぁ、この事を誰に伝えようか?風に伝えよう。そうすれば、たぶん、この想いをあちこちへ運んでくれるはずさ。僕はキルギシアから12人の友達にネットに送信していた。でも本当は全ての人に送りたいと心の中で思っている。


 他の人からも沢山の返事が届いていて、今日はその整理をしていた。何とはなしに作業していると、友人のファビオ・ヴォーロの受信が目に入った。


 元気かい?キルギシアから届く君の投稿を読むにつけ、そんなの余計だって思ってしまった。相変わらず面倒が山積みで、長々と書いている時間が俺にはないんだ。今も急いで出かけなくちゃいけない。【大事な用事】があるからね。


 一、俺はどうしていつも急いでばかりいるのだろう?

 二、その用事は、本当に大事なものだろうか?


 君の返事を読んでからというもの、何だかおかしな事が起こってきたんだよ。初めの内はね、君の返事を見ていると、何だかおとぎ話を見ているような感じがしていた。それが暫くする内に、目が覚めるような感覚が俺の中で次第に育ってきている事に気づいたんだ。


 キルギシアの暮らしぶりを読んでいくにつれて、この国にはこんなに馬鹿げた事が沢山あるのかって思ったよ。どれも、以前なら考えてもみなかった事なんだけどね。


 俺はよくわかった、自分でも気がつかない内に、生きるってことをやめちゃってたんだ。シルヴァーノ、俺は疲れているよ。肉体的にも、精神的にも、疲れきっているよ。俺の仕事や用事は、まともな生活や自分が本当にやりたいことからはかけ離れたものになってしまってるんだ。前に進めと常に自分を駆り立てるのが辛くてたまんないよ。


 はやく週末が来ないものかと願いながら俺は生きてる。少しは自由な時間が持てるからね。とは言っても、実際に空き時間が出来ると、往々にして何をしていいかわからなくなってしまうんだ。これが。


 自分自身と向かい合う事も、自分の内なる声に耳を傾むける事も忘れてしまってたんだ。どうしてこんな風になってしまったんだろう?どうして俺はこんな状況に甘んじてたんだろう?


 お前のおかげで、俺はここ最近色んな事を考えた。それが今、僕には新しい生活を思い描く力を与えてくれているんだ。俺は色々変えてやるつもりさ。その思いをやがては行動に移せるだろう。晴れ晴れとした気持ちだ。


 お前の投稿が俺に希望を与えてくれた。全く違った生き方が僕にもあるんじゃないかと想像出来るようになった。近い内にお前に会いに行くよ。まぁ、キルギシアの生活スタイルが自国にもやって来てくれればいいんだけどね。そしてこれが、少しずつでも、この素晴らしくも苦しみに喘ぐ星にいっぱいに広がっていったら、と俺は願ってやまないよ。


 それじゃね、シルヴァーノ。俺はこれから忙しい男をきどってくるとするかな・・・・・。まぁ、それも後暫くの話さ。






こんにちは。ここまでご愛読してくださり、ありがとうございます。今回でこの【誰もが幸せになる、一日に三時間しか働かない国】の物語は最後となります。

 自分はこの本のストーリーを非常に好評しており、電子書籍されていなかったので勝手に綴らせて頂きました。そのままの文章をのっけるのもあれなので、自分なりに分かり易く物語を書きました。ですので、わかりづらい所があれば申し訳ないです。細部が気になれば是非本書を買って欲しいと思います。

 高校生の頃にこの本を読み、あまり働きたくないなと思っていた自分にとって強い衝撃を受けました。労働から開放された世界が民に優しく凄い魅力的で、逆に今の世の中がとても滑稽だなとも思えました。

 この本の内容、価値観が少しでも広がり、今の切羽詰まった社会がちょっとでもゆとりのある社会に変わってくれれば、自分は感無量でございます。

 一日に三時間までとは言いませんが、自分の時間にゆとりを持つ事ができ、一人一人が順風満帆な人生を送れるような、そんな社会になってくれればと私は願ってます。

 長くなりましたがここまで読んでくださり、ありがとうございます。是非本書も読んで下さればと思います。


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