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六通目の手紙 一つ一つの出会いを人生がくれた最高の贈り物だと考える



 都会に魅了された僕は、農村にも足を運んでみたいなと思ったんだ。僕の興味は郊外を遥かに飛び越えて、人口僅か三千人ほどのとある村に向かったわけ。実はその村こそ、僕の通訳であり案内人を勤めてくれている彼が生まれた場所だ。


 道中の眺めはご機嫌だったね。広い道だろうが狭い道だろうが、道沿いには芝生や花壇がどこまでも続いている。家々の壁には絵が沢山架かっていて、ちょっとしたギャラリーみたいだった。地元の絵描きが農作業の様子とか村周辺の風景なんかを題材に描いたものらしい。


 歩道には色んな人がいたね。楽器を演奏する人,絵を描く人、一人で、あるいはカップルで踊る人。交差点にはキオスクが設置されていてね、その村が飲み物を振る舞ってくれるから、誰でも喉を潤すことができるのさ。


 暫く行くと、アーティストやら子供達やら、何だか色んな人が楽しそうに集まっているのが目に止まった。僕は何かイベントがやっているのですかと聞いてみた。


「いやいや、特別な事じゃありません。この国では毎日祝うのです。人々は生きる事の奇跡を再発見しました。それによって、一緒に過ごすことが皆にとって最大の目的になったんです。」


 彼らは家のドアを閉め切って窮屈な場所に閉じこもるんじゃなくて、家族というものの枠を常に押し広げていっているんだ。僕はその不思議な感覚を思い描いてみた。

それは、内と外っていう概念がやがては確実になくなってしまうということなんだろうね。一つ一つの出会いがくれた最高の贈り物だと考えるのは素晴らしい事だ


「初めて出会う人というのは奇跡であって、それによって僕達は自分の知らない一面を知ることが出来るのです。」 


 それから僕は、僕を村の議会に連れてってくれた。村議会の仕事も、代議士と同じように、ボランティア形式で行われているんだ。給料については、その人が以前就いていた仕事でもらっていたのと同じ金額が自治体から支払われることになっている

 

 議会は二つあって、一つは村の執務を担当、もう一つは構造改革を提案しているんだ。ちょうどこの国の政府と同じなんだよ。


村長は審議を中断すると、村民を代表して歓迎の挨拶してくれた。


「どこから来たのですか?」

「イタリアからです。」

「あなた達の国の生活はどんな感じですか?」

「そうですね・・、仕事をして、ネットを見て、車に乗ってあっちこっち出かけていますね。」

「大体一日に何時間くらい働くものなんですか?」

「六時間から八時間くらいです。それより多い場合もありますけどね。」


 議員達が驚いた様子で顔を見合わせるなか、市長が思わず聞いた。


「じゃあ、いつ自分の生活を送れるのですか?」

「まぁ、日曜日がありますし、夜にも少しは」僕は恥じらいつつも、そう答えた。広い会議室は暖かい笑い声で包まれたよ。市長がこちらに近づいてきて、僕に握手を求めた。案内人にほっとして通訳してくれた。


「つい笑ってしまうことを許してください。何せ我々の国では一日に三時間しか働かないものですから。ちょうど今それを二時間に短縮する方法を探っている所なんですけどね。」


 大いなる夢の中を漂っているような感覚が、僕から離れない。キルギシアでは、皆の調和があるからこそ物事がシンプルになっていくんだろうね。皆はどう思う?


 君たちの中には、キルギシアが現実に存在する事が信じられなくて、何とか僕の化けの皮をはがそうとか、そんな世界が存在しない事を照明しようとかしている人も沢山いるみたいだね。


 曰く、経済にはちゃんと法則があって、一つの国家が僅か数年の内に生まれ変わるなんて不可能だ。曰く、、社会が本当に一人一人に幸福をもたらすように組織されている事なんて有り得ない・・・。


 おいおい、皆、人間らしい共同体を想像すらできなくなっているのかい?自分自身を思いやったり、その結果として他人や生きていくことそのものを愛しく思ったりする。もしかしたら、皆の心からそういう愛情が後かたもなく消え失せてしまったかもしれない。


 そうでないとしたら、皆はきっとこう思っているんじゃないかな?


「あいつが俺たちにあげているキルギシアってのは、こういう世界なんだ。心配もなければ、過剰な財産も無駄な消費もない。犯罪めいた権力も犯罪を引き起こす権力もない。でもそんなの、経済とか人間にとって本当に必要なものとはなんの関係もないんだ。」ってね。だけど幸いなことに、皆のうちの何人かは僕のプログの内容をすぐに自分の生活に反映させてくれたんだ。


 例えば、爺さんはこんな内容を僕におくってくれた。


「数週間前、我が家に小さなキルギシアを建国したよ。僕と僕の連れ合いと僕らの四人の子供でね。家事を分担して、それぞれにできる範囲の事をやるという事にしたわけ、これが素晴らしいんだ。しかし、僕らの生活ってのは、もともとの役割をいったんバラバラにしてしまうだけで、蝶の羽のように軽くなるものだね。(末っ子の娘の表現だよ。)

僕も今では一日に三時間だけ働く事にしているから、チビたちと一緒にいる時間をもてるんだ。毎日びっくり通しさ。いや、彼らの目線でものを見ると、日々の生活が驚きに満ちたものだって事がどんどんわかってくる、そう言った方がいいかな。彼らの絆の強さと穏やかな暮らしぶりにびっくりしている人が多いね。

夜になると子供達は僕の所に自分で描いた絵を見せに来ては、その絵を一緒に一枚一枚ベットサイドに飾っていくんだ。これが最近では、ささやかながら欠かせない儀式になっているね。」


 僕はこのキルギシアの綴りで世界を変えたいなんて、夢にも思っちゃいない。そこは勘違いしないんでほしんだ。新しくなる力を秘めた社会というものが現実にある。僕はただそれを伝えたいんだけだ。今日の夜は講演会に行ってきたんで、パソコンを閉じる前にみんなとその体験を分かち合いたいと思う。しっかりと動画にとっておいたから、その内容を以下にそっくり書き写しておくよ。


「どうも皆さん。私はカップルというテーマついてお話ししたいと思います。このテーマは、あらゆる文化圏に共通の本質的なものだと私は考えております。キルギシアでこの問題を追及している私達研究グループは、これからご紹介するような結論にたどり着きました。それは人が成熟していく本来の過程です。


女性の場合・女の子→女性→人間 

男性の場合・男の子・男性→人」


これが他の現代社会になりますと、恐らく権力構造が原因なのでしょうか、そんな発達のプロセスがどうしてもないがしろにされ、別の物にすり替えられているんです。


女性の場合・女の子→半人間の女性→妻→永続的に母親

男性の場合・男の子→半人間の男性→夫→永続的に仕事


本来の成長を妨げられ、うまく成熟出来なかった場合、人は誰かに頼らないとやっていけない。更には、問題やフラストレーションを歪んだ形でしか共有出来ない一生を送る羽目になってしまうんです。


 そうではなく、男性であろうと女性であろうと、何をするにしても、まずは「人間」のレベルに到達しなければならないんですよ。いいかえれば、経済的にも心理自立した人間にもなるという事なんですね。こうした見地に立てば、二人の人間が生活を共にしようということになったとき、依存しあうことなく、互いに自由を与え合うことができたんです。」


 講演者のこの最後の言葉に、聴衆は長い相手で応えていたよ。残りの時間、参加者はこの大事なテーマについて、和やかなムードの中で議論を深めていったんだ。キルギシアでは現在、成人すると市民一人一人に住居が支給されるということは強調しておかないといけないね。





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