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五通目の手紙 人が本質的に求める事や望むことって、概ねこの八つ

昨今の政治家を見ると、より三時間の国が魅力的に感じるぜ。

 このキルギシアの旅を始めて以来、皆も想像できると思うけど、僕は随分と変わったよ。このシンプルで幸せな国で見聞きした色んな出来事が、初めの内はどうにも信じられなかった。でもそのもやもやした感覚は次第に晴れていったんだ。


 以前だったら、せっかく新しい発見をしても、それが夢なのか現実なのかというジレンマで、中々楽しめなかったけれど、今ではもうすっかり解消したよ。


 案内人が話してくれるには、憲法を成文化しようという事にはならなかったらしんだ。凄く短いから、皆覚えてしまっているんだって、そのちょっとしたことが皆の平穏な暮らし支えているというわけさ。そもそもこのキルギシアの憲法は一条しかないんだよ。当然ながら覚えるのも簡単だし、だからこそ成文化されていないというわけだ。


「何を発起するにあたっても、国家及び国民の関心は、すべからく人間らしくあることに向かうべきである。」


 すれ違うキルギシア人を誰でもいいから呼び止めてみるとするよね。すると、人間や社会のメカニズムがどうすればうまく機能するのか、要点を簡潔に教えてくれるんだよ。


 実際に僕がやってみたところ、人のよさそうな男が僕達の隣に腰掛けて、環境や年齢や社会的な地位に関係なく、誰もが本質的に求めることや望むことをリストアップしてくれたんだ。


「人間の体をきちんと働かせるためには、まず何よりもちゃんと眠るようにするんだ。これは単に床について目を閉じるということではないんだよ。眠りにも文化というものがあるのさ。」

 

「ぐっすりと寝たら今度は、ちゃんと食べるようにするんだ。ただし、本当に必要とする栄養分以外はどんなものも体に取り込まないようにしないといけない。」


「それからちゃんと働くようにするんだ。まぁ、ここではもう皆やってる事なんだけど、働く時間は最小限にする事だよ。長くても一日に三時間まで」


「どんな事でもいいから、純粋に自分の糧になるようなものを毎日ちゃんと学ぶようにする事だね。正し、それは自分の興味ある事じゃないとダメだよ。」


「ちゃんと与えるようにすることも大事だね。与えるというのが究極の喜びの一つだからという事だけじゃなくて、考え方自分自身を新しくする手段だからさ。」


「それからちゃんと創るようにするんだ。そうすれば、この世にただ一人しかいない自分の爪痕を残せるからね。とあるキルギシアの詩人はこういっている。

〈自分の歩みを振り返っても、もしそこに何の痕跡も残せなかったら、それはもう人生が永遠に失われているという事だ。そんなことをするよりも、未来の足跡を残せ。〉」


「それからちゃんと愛すること、愛し合うことだね。こういった行為は以前だと回りから何となく覚えていくものであったし、ごく表面的にしか理解されてなかった。それが、いまでは愛すること、愛し合うことは会話をしたりお互いの事をよくしるきっかけになっているんだ。

最後に本質的なことをいうと、あらゆる物事には、それを覆っている不思議なベールがある。その事をちゃんと意識することだね。

つまり日々、僕達の取り囲んでいる人やものを、まるで初めて接するかのようにちゃんと見るということなんだ。」


 人が本質的に求めることや望むことって、概ねこの八つらしんだ。これらが満たされれば、確かに安定した毎日が送れるだろうね。


 キルギシアではね、人生は一度しかないんだという事を忘れないようにしなくちゃいけないんだ。それが皆の一番の義務なんだよ。誰しも自分の事を自然が生み出した傑作だと考えているし、仲間の事も同様に捉えている。


 人間というのは見て、聞いて、動き回って、考えて、夢見て、何かを欲し、何かを創るものなんですよ。この国の学者達が、一つの道徳を発表しました。それは凄くシンプルな法則でm文章化した法律なんて、絶望した人や不幸せな人にしか必要ないという言葉なんです。


 心穏やかに生きていて、認められている人というのは、物を盗んだり、噓をついたり、殺人を犯そうなんて夢にも思わないでしょう。


 それを体言するかのようにキルギシアの通りや広場には警察官が全く見当たらないんだよ。


「所で警察は?キルギシアにはまだ警察はあるのかな?」案内人ときたら、僕の質問に対して用意周到になってきたみたいだ。まぁ、この国に訪れたら誰だってするような質問ばかりだからね。


「誰かが過ちを犯さないように見守る人はいますよ。ちょっと前までは警察官もいたんです。ただし、最悪のケースでも麻酔銃しか使ってませんでしたけどね。暴れて手に負えない人に対しては、死に追いやる実弾ではなしに、睡眠薬を注入する武器を使っていました。眠りから覚めると、ほとんどの人は命があることに感謝して、すぐに犯した過ちを償おうと努力したものですよ。

でも今となっては、皆がお互いの事を尊重する事で、麻酔銃すらいらなくなりました。こうして警察も、軍隊と同じように、社会から姿を消したんですよ。」


 この国にはますます驚かされるね。ここでは穏やかさが全てに染み渡ってるんだよ。通りを歩く人の顔に、ころころと遊びまわる子供達や動物にまで。


「だけど、ずっと幸せでいる事に飽きてしまうのでは?」

「いえ、僕らだって完全に幸せではありませんよ。例えばあなた達のいうような幸せはここにはないかもしれませんから。でもね、僕達の選択は間違っていないと思うです。今では誰もが満たされた生活を送れるんですよ。自分の生活のためにある時間を労働に費やす必要がなくなりましたからね。働く時間が少ない人ほど、より多くの物をより良く生み出せる。僕らはその事にいち早く気付いたわけですよね。こりゃもう退屈していられませんよ。人生の豊かな可能性を生み出せるチャンスがたっぷりと転がっているわけですから。

かつての世の中を善と悪にわけてしまって、悪は善の裏返しとしてやむを得ないものだとされていた頃は、確かに僕も平穏な人生、不安はないが刺激もない人生なんて、うんざりだと思っていました。

でも、僕は皆の中にも創造する力があるだって事に気付いたんですよ。ちょっとやそっとじゃ消えない激しい力です。この力を今まで見過ごしていたのは、皆、何かにつけてやらなきゃいけない事に追われたからなんですよ。来る日も来る日も自分のための時間なんて僅かしかなくて、そのせいで大勢の人が鬱病や時には絶望感に苛まれていたんですから。

この星での人生はたった一度きりで、その機会は一度逃すと二度と取り戻せないんだっていう事を皆忘れてたんですよ。働いて働いて、ただただ働いてなきゃならない。僕達はそう信じこまされてたんですよね。

そして僕らは自らも計り知れない価値さえも忘れてしまっていたわけなんです。僅かな金のために僕達は、がめつい雇い主に自分を安売りしていました。しかも、そこまでして得るものは将来に対する不安と過去の傷跡としての徒労感だったんですよ。生きるためにどうしても必要な時間を奪ってしまう仕事。僕達はそんなものをありがたいとすら思い、自分自身を何処か遠くへ置き忘れてたんですね。

でも、そんなことはもうないんですよ。数年の間に。僕達は沢山の物事を克服していきました。腐敗した政治、ドラッグ、売春、広告、ストレスに起因する精神や肉体の病気、主に自分自身を過小評価することで生じる他人への敵意。幹細胞についての研究が急速に発達したおかげで、今やかなりの病気を治せるようになったんです。」


 僕はお年寄りを観察していた。嬉しそうにバスや電車にタダで乗り降りしている。人々は道端のベンチで毎日おしゃべりに興じている。僕達の社会ではそんな光景には滅多にお目にかかれないし、あったとしても休日だけだよね。何の話をしているんだろうと思った僕らは彼らに近づいて、案内人に通訳を頼んでみた。


「菜園の話をしているんですよ。」十歳くらいの男の子が仲間達に成果を披露している所だった。レンズを何十種類も組み合わせて、太陽エネルギーを一点を集めることに成功したのだという。しかも、それで鉄板をじりじりと熱し、なんとその上で野菜スープで作ったらしい。


「ここは菜園のエリアなんですよ。この辺りではよくお年寄りがダンスパーティーをしますからね。どの家族にも菜園が一つ任されているんです。えー・・この辺りには一万くらいはありますかね。キルギシアではどの家族も菜園をもっていて、大体はお年寄りがそれを耕すんですよ。そのおかげでここでは年中新鮮な野菜が手に入るんです。おいでよ。面白い物を見せてあげるから。」


 僕は案内人に誘われてなだらかな丘に登った。そこで僕達が見たのは、広大な草原の真ん中に置かれた三百メートルはあるのかと思うほどの長いテーブルだった。そこにはご馳走が並んでいて、回りには数百人のキルギシアの人達が座っていた。


 楽しそうに食事をしては、昔の思い出やこれからのことについてあれこれとおしゃべりしていたよ。

僕が傍に行くと、その真ん中の一人が空いた席を指さすんだ。


「座りなよ。その席は君のためにあるんだから。キルギシアのパーティーでは、その規模が大きかろうと小さかろうと、思わぬ来客のために席と料理を用意していくものなんだ。そうすれば、やってきた人は、みんなが待ってくれたんだと思うからさ。」

 

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