掌編小説/カンノウ小説
01 カンノウ小説
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山間に開けた平地は水田となっており、真ん中を小川が流れていた。
土手道を少女が牛をひいてやってきた。
村は貧しかった。地主が一人いる。あとは小作人しかいない。十五歳になった竜子は地主の牛の世話をして、小遣いほどの日給を貰い、家族の生活費に回していた。
牛は、小山のような体躯をした若い牡で光沢のある毛並みをしている。鼻のところに穴が開けられピアスのような金具をつけている。
少女と牛は庚申塚ところで向きを変えた。
信仰の対象である庚申塚は、こんもりと土を盛り上げ、石碑を建てただけの塚で、年一度、村の衆が集まって酒盛りをする数少ない娯楽の場でもあった。
川岸は段となり、繁茂した草に覆われており、ところどころに灌木があった。土手からは坂道があって川辺に降りることができる。牡牛はそこの浅瀬で洗うのだ。
竜子は、紅の着物を脱いで灌木の枝にひっかけた。無垢な白い肌が露わとなり、長い髪が背に落ちる。くびれた腰、細い四肢をしていた。長いまつげ、二重まぶたで切れ長をした目が潤んでいた。
川底では、ウグイの群れが苔蒸した石をかわして素早くS字に泳いている。水面では、つがいをなした蜻蛉が、尾を水面に何度も打ちつけて卵を産んでいる。さざ波がたっていた。それが羽毛でなぞるように竜子のくるぶしをくすぐるのだ。
少女は持参した藁で牛の身体を洗いだす。牡牛に身を寄せるような恰好で、というよりは抱擁しているかのようにも、前脚や後脚に自らの両腿を絡ませて愛撫しているようにもみえる。
頭、首、胴、そして、密着させた身体を洗う。一度身体を離して、腰のあたりに目をやると赤面した。それから震える片腕を下腹部へと伸ばして行く。竜子の息が荒くなってくる。
突然、何を思ったのだろう、牡牛が、目を血走らせ、鼻息をたてて、挑みかかってきたではないか。
もおおおっ。
竜子は後ろに跳び退く。
突進してきた牛がのしかかろうとする。
少女は、木にかけた紅色の着物を手にして挑発するように翻す。
はらはら、とゆらめく着物に幻惑された牡牛は、跳躍すると川の深みにバサリと落ち、一度沈むと、また顔をだす。
水しぶきが、少女にかかる。
頭からずぶ濡れだ。
「もおっ、いカンノウ」――小説でした。
(おしまい)
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02 BL的宴
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婚約指輪を渡す前にいっておかなきゃいけないことがあるんだ。隠し事はしないって約束だからね。
学生の時だった。
小田急線は、多摩丘陵の谷間を抜けて行く。僕の住んでいた梨山寮は、生田駅から、南の丘に登ったところにあるモルタル三階建ての建物だった。
新入生歓迎コンパというのがある。四月下旬の土曜日で宴会場は玄関横の食堂だ。参加者は六十名いた。みんなで騒いだね。酒の飲めない一年生に、容赦なく先輩たちは酒を注いでくる。
僕の部屋は一階にあった。相部屋だ。同室の岡田先輩は三年生で優しい人だった。ほかの上級生が無理強いすると穏やかに断った。
僕は下戸だった。ビールを五杯注がれただけで伸びてしまったんだ。ほかの上級生たちも苦笑していたよ。僕は岡田先輩に背負われて、ベッドに横にさせられたってね。
「着替えるのを手伝ってやる」先輩が優しくいった。
朦朧としていた。
先輩は僕のシャツとズボンをゆっくりはぎとった。
「君の下着って、女の子のパンティーに似ているな。黒いのがまたいやらしい」
先輩は少し酔っているようだ。当時、「醤油顔」ともてはやされた面長で色白をした顔が、卑猥に歪んでみえた。
「僕も着替えるか」
先輩も下着一枚を残して服を脱いだ。風呂上がりだから入浴剤の香りがほのかに漂っている。
いつの間に準備したのだろう、湯気だった透明な液体を満たしたビールジョッキを手にしているじゃないか。
僕は夢うつつで抵抗できない。
先輩が透明な液体を僕 の胸、腹、股のあたりに注いできた。ローションだった。僕の股間のところに太腿をあてがいながら、上半身を斜めにしたり、震わせたりして、滑らせてきた んだ。
「目を閉じて――」
先輩のいうことには何故か逆らえなかった。僕はいわれるままに瞳を閉じる。両唇の間に、なまめかしいものが挿入されてくる。不思議なほどに不快感はない。思わず噛んでみる。
生暖かい肉質。さらに噛むと、シャリッ、と鳴った。
ベーコンに挟めたレタスだった。
「BL」――的宴だね。
(おしまい)
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03 午後のふりん
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年号が大正から昭和になったばかりの頃、小高い丘の上に「白亜御殿」という洋館があった。大理石を積み上げた二階建ての建物だ。玄関の上がバルコニーになっていた。洋館の主は産業資本家と呼ばれる人。昨今は名誉が欲しくなって衆院議員にもなっている。格好をつけてカイゼル髭を生やしているけれど、背が低い。山猿のような容貌。それが私の夫だった。
お大尽の殿方は、若いときは多くの女性と戯れて、四十くらいになってから所帯をもつということは珍しくなかった。そういう時代で、私が嫁いだのは二十歳のときだ。
夫は事業に夢中で、すぐに私に飽きた様子。月のうち、二三回帰ってくる程度になっていた。
名士は、ステータスとして書生を養う。貧乏だけれども利発な若者をみつけてきて、屋敷に住まわせ、生活費・学費を出してやる。学校を卒業すると、事業の片腕にしたり、あるいは、世に送り出してさらなる名誉を得るというわけだ。書生の名前は風見翔。事業に失敗し破産した子爵家のご子息で、ピアノが得意な十六歳の子。私のピアノの先生でもあった。
今も思い出すの。肩の線が細くってね、色白で綺麗な子だった。天使というものが本当にいるのなら、きっと彼みたいな姿をしているに違いない。
秋が始まったばかりの頃よ。二階の螺旋階段を上がって、バルコニーが付設された板の間に入る。そこにグランドピアノがあった。午後の日課は、風見君にピアノを習ったもの。忘れもしない、その日は『エリーゼのために』を弾いていた。
風見君は教え方が上手だった。ときどき、間違った鍵盤に私の手が行くと、微笑みながら手を正しいところに持って行ってくれたの。私は心臓がどきどきして止まらなくなった。レッスンを終えて立ち上がろうとしたとき、立ちくらみを覚えて床に倒れた。
「大丈夫ですか? 奥様?」
風見君は、私を見るなり、顔を真っ赤にして後ろを向いた。私は和服を着ている。だから洋風の下着はつけない。脚の付け根がはだけてみえてしまったのだと思う。でもいいの、風見君なら。着物は乱れたままだ。目を閉じて、倒れた私に手を差し伸べてきた風見君を、その中に誘い込む。
「なっ、なりませぬ。奥様!」
「私がお嫌い?」
「そんなことは――」
風見君は、私が首に絡めた両腕から逃れようとするのだけれども、逃がしはしない。私は少年の唇を奪う。なおも逃れようとするので、二人は乱れた格好で床を転がった。彼の着物も乱れた。私の着物は、なおもはだけた。乳房が露わになる。両腿の間に、愛しい人が収まった。
勢い――。
ヌラヌラとした感じを覚えた。
「あっ……」
応接テーブルの上に置いたプリンが落ちてきたのだ。
午後の――ぷりんだよお~♬
(おしまい)
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04 変態小説
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女が寝返りした。こっちをみている。「みてみて」開脚する。まるでバレリーナのようだ。一糸まとっていない。
僕は目を伏せた。
「ねえ、襲わないの? ボクちゃんって、意気地なしね」女が嘲笑した。
女が部屋にいついたのは、四月金曜の夜からだった。街の広場に噴水のある池があり、そこの縁で寝ていた。タクシーで送ろうとしたのだが、寝込んでしまった。仕方がないので、泊めてやることにした。それからだ。
部屋で女は裸だった。注意しても無駄だった。腰を突き上げたり、ねじったりした。糸をひいていたこともある。なんて淫らなのだ。けれども僕という人間は環境に適応するのが早い。あまり気にならなくなった。
休みが明け、キャンパスに行くため、久しぶりに外出することになった。女は僕にしがみついて離れない。よくいって訊かせ、とにかく服だけは着せた。
改札口をくぐり、私鉄の駅のホームに立った。通勤時間帯で大勢の乗客が並んでいる。
「ねえ、ボクちゃん。服脱いでいい? 脚開げてもいいかなあ?」
「駄目です!」
「ケチ」
電車がやってきた。扉が開いて、乗客が降りてくる。車両には、同期で、思いを寄せている優香が乗っているではないか。
「でもしちゃう」
「や、やっ、やめてくれ」
勢い、僕の脚に女は脚を絡めて、ブラウスをボタンごと引き裂き、すべてをさらけ出した。バレリーナのように片脚を頭に触れるほどに拡げたのだ。
がばっ❀
うわああああ……。
ちょうちょ、ちょうちょ、菜の葉にと~ま~れ♬
(蝶の)変態小説。
芋虫はさなぎに、羽化すれば麗しの蝶となる。
胸ときめく少年の心。
おやじぎゃくではないところの言葉遊び。
本日もご高覧有難うございます。
(おしまい)