掌編小説/休日出勤
携帯電話が鳴った。電話の主はダンディー部長。還暦少し前の口髭を生やした上司だ。
「新潟で地震があったろ、ほかの連中は全員首都圏に帰宅した。残っているのはおまえだけなんだ。悪いけれど営業所をみてきてくれ」
〝夏休み〟
現地の留守番で待機していた私は、連日の炎天下で体調を崩していた。宿舎は浜辺から五キロで風が吹いて涼しいのが救いだった。地震の震源地は柏崎で、原発がちょこっと壊れた。新潟とはいっても営業所は北端にある村上で影響はない。
休み明けに、ダンディー部長がいった。
「アマミ君、今度の日曜日は蛍をみにいこう」
「え、野郎同士でですか?」
「あのな。俺はおまえに気を遣ってるんだ」
幻想的な闇に浮かぶ蛍に包まれる私と部長を想像した。潤んだ瞳と瞳で見つめ合うのか──おいおい。私が辞退したことはいうまでもない。
翌年、私は何かと喧嘩腰の新人がいる神奈川営業上にいくことになった。営業所長のダッシュ課長は、ハイテク機器の操作に巧みな新人にものがいえずに、こちらへ当たってきたものだった。もちろん、ときどき、私も怒った。
「アマミ君、今度の土曜日、平塚に行こう。平塚は日本三大七夕で有名なんだ」
「野郎二人ですか?」
私は、天の川を隔てた向こう岸にいる牽牛を想像した。こちらは織女だ。牽牛が課長で、職女が私。逆も想像したが気分が晴れることはなかった。肩を抱かれる織女──おいおい。
「ううう。悲しい。仲直りしたかったんだよおおお。俺は君に気を遣っているのに……」
私が辞退したことはいうまでもない。課長は部長が大好きだ。もともと中学の社会科教師だったのが、部長に出会い、うちの会社に入ってきたバリバリである。
就職してしばらく経つ。
思えば人生は短いではないか。学生時代と違って夏期休暇というのはお盆休みが同義になっており、夏場の土日こそ大人の夏休みなのだ。できれば読書やカヤック、創作活動などをして静かに過ごすことを願う私は冷たい奴だろうか。
──いや、君は正しい。たしかに気持ち悪い。
翌年、群馬県の支店で勤務することになり、違うチームのなかで仕事をすることになった。孤独であった私は、仲間内から、賛同を得て嬉しく思った。ようやく〝連帯感〟を感じたのだった。またしてもやってきた夏休み〝休日出勤〟での出来事である。
了
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ノート20100623/校正20150507




