紀行/蕎麦屋・東京亭
以前、仕事の都合で、長期滞在しておりました茨城県石岡市。この街は、地下に眠る千三百年前に造営された地方都市・国府の上に近代都市が載っかっており、時間をみつけると、古代から現代まで、縦横無尽に妄想をとばして散策を楽しんでおります。
これまでの記事で、フレンチと紅茶ばかり口にしているように誤解されている私ですけれど、蕎麦も好きですよ。本日は、そんな蕎麦屋さんのお話。
東京亭は、明治二十五年の創業で石岡一の老舗です。渋くくすんだ屋根にはガス灯が載せられ、琥珀色を濃くした梁と柱が屋根を支えています。時代を感じさせるガラス戸の入り口、開けて中へ入ると、閑静な席が十数席並んでいました。
通りに臨んだガラス戸から差し込む光に、厨房からこぼれでた湯気が透けて白くなって映しだされ、ほのかに甘いにおいが漂っています。厨房は、客席側に一部が張り出して、まるで屋台のよう。勘定台は黒檀のような光沢がありました。
テーブルの上のメニューをみて、女将さんに、ざる蕎麦を注文しました。
漆黒の膳がきて、蒸籠にたんまりと盛られた蕎麦は、香りよく力強いこしで、鉄釉の器に注がれた露は塩みと甘みのあんばいがほどよく、柔らかな風味をしていました。私は、美味しい蕎麦には薬味を加えず、少しをつまんで浸して食べ、蕎麦湯を注ぐときにネギをいれます。
勘定後、女将さんに、「ブログをかきたいので写真をとらせていただけませんか?」と訊ねたところ、快く承諾してくださりました。
写真を撮影している間、三毛猫が中院から入ってきました。三毛猫は、ゆっくり、客席を一巡して私の前に立って見上げます。
「店主さんでしたか?」
にゃあ。
「店主さん、じきじきのご挨拶とは、おそれいります」
三毛猫は、時を止めたかのような店内から、もときた中院に、ゆっくりとした足取りででていったのでした。
了
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ノート20091205/校正20160507