紀行/ロートレックなレストラン
しばらく前になります。神奈川県平塚市の東海大学近くにある遺跡に派遣され、そこで一軒のフレンチレストランを見つけました。〝パスポート〟という店で、カワセミが舞い、沢蟹が遊ぶ渓流沿いの小道傍にあります。駐車場で、泥だらけの作業服からスーツに着替えて入店すると、「いやあ、駐車場に車が入ったので、いつ入店するか、するかとおちつきませんでしたよ」とオーナー・シェフが饒舌にお喋りをはじめました。
十九世紀、フランスの画家ロートレックは、名門貴族の御曹司で、ある時期を境に出奔し、娼婦館をねぐらとし、そこの住人達を愛し、また愛されると生活を送りつつ、数々の傑作を生みだし、舞台の広告ちった商業アートの分野を開拓していきます。欧州の名門貴族は、いまだに城館、狩り場の森を所有していたりします。ロートレックの実家も同様です。ロートレックの祖母は、狩りについて、少年にこんなことをいいました。「──狩りは三度楽しめる。一度目は狩りそのもの。二度目は絵の題材として。三度目に料理となる」と。
特集料理番組を視聴していましたら、そんなことをゲストの高名なシェフがおっしゃって、さらに、こう追加しました。
「実はロートレック家のレシピ本がフランスで売られていたのですよ。私も試してみたのですけれど、採算に合いませんでした。上級貴族が客人をもてなすための料理ですからね」
しかし……。
〝パスポート〟のオーナーは狩りに出かけてカモシカやら鴨やらを撃ってきて、素材を冷蔵庫に保存。チーズも自前でつくって桜チップで薫製にするのだそうです。店内の壁には、誇らしげに、それまで仕留めた獲物の剥製が飾られています。
鹿肉のステーキ、薫製チーズの盛り合わせセットを頼んで食べました。三千円くらいでしたかね。
私は行儀が悪く、テーブルに肩肘をついたり、足組したまま食べる輩ですので、オーナーは少し顔を引きつらせて、「姿勢を正して食べましょう。より美味しくなりますよ」と嫌味に注意されたもの。――たしかに腕はいいです。素晴らしいです。絶品です。私が食事している間、黙っていてくれてたら三つ星をあげますよ(笑)。
了
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ノート2009/校正20160507