読書/『サルガッソーの広い海』
著作権をもつ著者や出版社がその気になれば、訴訟で二次小説作家に莫大なツケをはらわすことも可能なのが二次小説。いまのところ、先方は沈黙していますけれど、いつ爆発するか判らない地雷・時限爆弾です。著作権はたしか50年で消えます。ですから、二次小説をやるなら50年以上たった作品がお奨めです。アニパロと違って、文学的な地位も高いですしね。
さて、先週土曜日に休日出勤をしたため私は、本日代休をとり、時間にちょっと余裕ができました。さっそく朝方、テレビをつけてみましたところ、池澤夏樹『世界文学ワンダーランド』という国際的な文学作品をあつかったNHK番組が映りました。
紹介された作家は、ジーン・リース(Jean Rhys) といいます。ジーン・リースは、1890年、イギリス領ドミニカに生まれます。父親はウエールズ、母親はスコットランドというケルト族系の人で裕福な家ではありますが、イギリス本土ではアングロサクソンが主流を占めているため階層としてはけっして高くはありませんでした。
ジーン・リースが、16歳のとき、本国で教育を受ける機会を得ます。胸躍らせイギリスに渡航してみると、植民地育ちということでいじめにあいます。ジーン・リースの不幸はさらに続き、実家は没落、コーラスガールとして生活せざるを得なくなりました。それから、パリへ流れていき、貧乏画家たちと生活し、結婚もしますが、夫は第一次世界大戦で生死不明となってしまうのでした。.それから生活のために執筆活動に入ります。
ジーン・リースは、学生時代に一冊の本に出会います。当時の人気恋愛小説『ジェーン・エア』という作品です。岩波文庫から廉価でているようです。
内容は。
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貧しいけれども努力して教養を身に着けた娘ジェーン・エアが、貴族家庭に家庭教師として雇われ、苦労の末に当主と結婚するというシンデレラストーリーです。その物語の中盤から、バーサという当主夫人があらわれ、ジェーン・エアを苦しめます。バーサは、当主が、むかし植民地に居住していたとき結婚した女性で、色黒で精神に異常をきたしていました。
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――この物語を読んだ植民地生まれの女流作家は疑問をもちます。……カリブ海に浮かぶ赤道直下の国であるドミニカ、そこで日に焼けるのは当然ではないか。夫の都合で植民地から連れてこられ、友人もいない本土で精神に異常をきたしたバーサを自分の半生に重ねあわせたのです。そして1966年、『サルガッソーの広い海』を発表し映画化もされました。
ヒロインは奴隷制廃止によってすべてを失った大農園主の家に生まれます。やがてヒロインの家族は、奴隷から解放されたものの貧しい暮らしを強いられている黒人系住民の暴動によって虐殺され、その後、本土に引き上げてから上流階級の男性と結婚します。はじめは幸せな結婚生活を送っていたのですが、ある日、夫に、「彼女には黒人の血が混ざっている」と告げ口する者がありました。理不尽な差別があまりにも多い時代のことです。ヒロインは夫からDVを受け、精神を病んでいきます。そんなヒロインを夫は、『ジェーン・エア』の登場人物であるあの、「バーサ」と呼んで侮辱し破局へといざなうのでした。
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1960年代、ヨーロッパ各国は次々と植民地を失ったため、そこにいた住民たちが続々と本国に引き上げていきます。旧植民地系の住民は粗野な印象をもたれていたのですが、旧植民地出身者のなかに作家となる方もいて、その人たちの活躍によって、植民地には独自の文化があったことが紹介されていきました。
マルグリット・デュラスが著した、フランス領インドシナ(現在のベトナムあたり)を舞台とする、華僑系紳士とフランス系少女との悲恋物語、『ラマン(愛人)』もそういった植民地系文学の一つといえるでしょう。映画化していますので、機会がありましたら、こちらもDVDなどでご鑑賞ください。
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──というわけで、平凡な恋愛小説が視点を変えた途端、二次小説なのに、原作を遙かに凌駕した超弩級芸術作品に生まれ変わてしまった……とうお話でした。
了
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ノート20091026/校正20160506