名詩/ブラウニング「愛に生きる」 ノート20160114
訳者・平井正穂氏の参考文献注釈によると、1855年に出版された英国詩人ブラウニングの詩集『男と女』のなかの一篇とのことだが、まあ、ノーマルな人が読んだら、第一印象は、ギャッ! だろう。嫌がって逃げる女の子を路地の物陰からつきまとう、ストーカー男を連想してしまう。――訳者も同意見だが、他方で、七転八倒して生きる人間の神様に対する片思い、信仰について語っているとも解釈できるとしている。(平井正穂 編 『イギリス名詩選』 岩波文庫 1990年 所収)
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ロバート・ブラウニング
『愛に生きる』
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僕から逃げる
無駄な話だ――
恋人よ
僕が僕であり、君が君である間は、
この世にわれわれ二人が、
恋する僕と僕が嫌がる君がいる限りは、
一人が逃げ、もう一人が追いかけている限りは、
どうやら、僕の人生も結局失敗だったのかもしれぬ、――
いかにもこれが運命というものかもしれぬ!
いくら最善を尽くしても成功はまず確束でない。だが、
この世で目的が達成できなくても、それが弾だというのだ、
要するに、全神経を絶えず緊張させ、
挫折の度に涙を拭い、笑みを浮かべ、
地に塗れては起き上がり、再度挑戦する、――こうやって
恋人を追いかけて、一生を終わる、それだけのことだ。
だが、もし、君がどこか遠いところから、泥塗れになり、
暗澹たる苦境に喘ぐ僕をちらっと見てくれたら、
たとえ今までの望みが絶え果てていたとしても、新しい望みが、
君という同じ目標に向って、僕の心にわいてこよう、
そうだ、翕然としてだ!
絶えず、
僕から離れてゆく者よ!
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追記。
作品だけからみるとブラウニングは困ったチャンにみてとれるのだが、6歳年上の女流詩人エリザベスがだした詩集を手にして感銘を受け、ファンレターを書く。それがきっかけで二人は家族の反対を押し切り結婚。イタリアへ駆け落ちする。2年間の交際期間中、エリザベスは574通もの恋文を送ってよこしたという。――実は相思相愛。
ノート20160114