名詩/朔太郎 「殺人事件」
萩原朔太郎は、群馬県前橋市の医者の長男に生まれ、裕福な家庭で少年時代をおくります。根っからの詩人でなにをやらせても長続きしない。けれど詩だけは高く評価され40歳くらいのときに上京。他方、朔太郎は、江戸川乱歩の愛読者で、のちに親交を結びます。そんな朔太郎の詩を一つご紹介いたしましょう。
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殺人事件
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とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣装をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびとのあひだから、
まつさをの血が流れてゐる、
かなしい女の屍体のうへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。
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しもつきはじめのある朝、
探偵は玻璃の衣装をきて、
街の十字巷路を曲がつた。
十字巷路に秋のふんすゐ。
はやひとりたんていはうれひを感ず。
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みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者はいつさんにすべつてゆく。
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朔太郎の詩の師匠って北原白秋なんですよ。私は、長野県小諸市中棚荘という温泉が好きで、何度か宿泊しました。名誉なことに、北原白秋がいつも休憩していたというお部屋に泊まらせていただきました。そこで朔太郎からきた手紙を読んだのでしょうかねえ。
朔太郎の手紙です。
「前橋S倶楽部探偵本部は目下活溌に活動中。……飛行船長メランコリイ氏ハ昨夜七時薬価ヲ横領シテ失踪セリ。倶楽部前橋支部内萩原プロノヤ」
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朔太郎の探偵趣味は有名で、大正モダンニズムに染まって、友人知人にこのような手紙を送っていたのだとか。コアなドロシー・ブレイヤーがみたときの反応が容易に想像されますよね。
了
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ノート2009/校正20160506