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随筆/妖婦・夏姫

 夏姫かきは、いまから二千五百年以上むかし、中国にいたとされる女性で、春秋時代しゅんじゅうじだいと呼ばれ、百ほどもあった諸侯国が十国ほどに淘汰されていく時代でありました。しゅう王朝という宗主国そうしゅこくもありますが、実質的には地方の都市国家へ転落しておりました。やがて北にはしんという国、南にはという国が超大国として勢力をのばし、天下を二分するようになってきます。

 夏姫は周の都洛陽に近いていという小国を治める諸侯の娘に生まれた絶世の美女です。十歳を超えたばかりのときに、兄と関係し、その他親戚筋の大臣たちとまでも関係してしまいます。父親の君主は、厄介払いのように夏姫をさっさと他国へ嫁がせてしまいました。 夏姫が嫁がされるとしばし関係をもった兄はふさぎこんでいましたが、父親が亡くなりほどなく鄭の君主となり霊公となります。位についた霊公は、「──夏姫と関係をもった大臣たちのために、夏姫が嫁がれたのだ」と恨みに思う大臣を成敗しようとして返り討ちにあってしまいました。

 さて、夏姫が嫁いだ先は陳の国です。夏姫は諸侯の姫君ですから本来なら、同格の諸侯と結婚するべきところを、「いわくつき」の女性であるため、そうはならずに、他国の諸侯に家臣として仕える貴族の夏氏に嫁がされたわけです。

 夏氏の夫は早死にします。そこへ主君である陳公とおつきの大臣二人が、夏姫にいいより関係を持ちます。夏姫には徴叙りょうじょという息子がおりましたが、元服して間もない徴叙が宮殿に出仕してみれば母の愛人三人が下着をみせっこしています。それは夏姫の下着で連中は、「徴叙のほんとうの父親は夏氏ではなくおまえだろ」という戯れ言をいっている最中のことでした。若い徴叙はその場は黙って家に帰りました。

 数日後、いつものように例の3人組が夏氏の邸宅を訪れましたところを、徴叙が伏兵を置いていて、陳公を射殺してしまったのです。二人の大臣は命からがら隣国の超大国楚へ逃げていきました。

 陳の国の人々は、徴叙に同情的で、陳公の血筋でもあることから君主として迎えました。

 しかし、原因はともかく君主を射殺して国を乗っ取るという行為は、当時の倫理観で許されることではなく、母の愛人二人が逃げ込んだ超大国楚が攻める口実となり、滅ぼされ、徴叙は殺されてしまいました(――後に楚王の温情により復活)。

 夏姫は楚に捕らえられ、まずは楚の荘王に与えられますが荘王は賢明で、自分の愛人にはせずに大臣の一人に与えました。荘王が亡くなると夏姫をめぐって、大臣たちは殺し合いを始め、最終的には巫臣という大臣が夏姫を奪って敵国である晋に亡命してしまいます。逆上したほかの大臣たちは巫臣の屋敷を襲って男は皆殺し、女は奴隷・愛人として奪っていきました。

 巫臣は天才軍略家でもありました。怒ったこの人は、晋の朝廷で、楚に痛恨の一撃を与える秘策を君主に耳打ちします。

 ──楚の属国である呉という国の君主はみどころがあります。呉の国に戦車(馬車)を与え、戦車戦術を教えて反乱を起こさせ、楚の東から攻撃させるのです。われらは楚の西から攻撃するのです。

 こうして西で晋が侵入してきたので楚が大軍で迎撃しようと思えばすぐ晋は撤退し、その間に東で呉が襲いかかってくる。このようなことを何度も繰り返しているうちに、楚軍はくたくたに疲れてしまいました。そこで、「とどめだ」とばかりに、晋は十万もの大軍を

 城僕(じょうぼく)の地に繰り出して楚軍十万を完膚無きまでに叩きつぶしてしまいました。

 夏姫自体は気の毒な女性で、この人が何をしたのだろう、と感じます。台風の目自体は穏やかだという話しですよね。暴風雨にさらされるのは周辺部の男ども、さらに問題なのは男どもが権力者ばかりであったというところ。そんな男どもが、夏姫の放つ強烈なフェロモンに狂ってつぎつぎと国家をひっくり返してしまったという歴史のひとこまでした。

 さて、夏姫が陳の夏氏に嫁いでから、巫臣に奪われるまでに数十年が経過しており、いくら美女でも単純計算すれば老婆といわれてもおかしくない年になっているはず。そこで、後世の人は、──夏姫は三度脱皮した、と解釈しました。蝶のように脱皮して三度若返ったのだというのです(いやはや……)。

     了

.

  ノート20090825

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