9 伯爵家、没落のきざし2(追放者視点)
「ハリーも……俺の子じゃなかった……そんな……」
ウィンド伯爵は床に崩れ落ちた。
どうやらフレアだけは自分の娘らしい。
だが、彼が欲しいのは男の跡継ぎである。
「くそ、こうなったらメアリを捨て、別の女と三度目の結婚をするか……?」
そして今度こそ自分の子を産ませるのだ。
だが、一度ならず二度までも妻の裏切りに遭っている彼にとって、その決断は簡単にできるものではなかった。
もし、三番目の妻にも裏切られたら……?
また、別の男と密通した結果の子を授かったら……?
今度こそ精神的ショックで立ち直れないかもしれない。
事実、今もなかなか立ち直れないでいる。
政治の世界では剛腕で鳴らしたウィンド伯爵も、妻の裏切りによって夫としての体面を何度も傷つけられ、沈みこんでいた。
「くそ、くそ……どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって――」
「よろしいでしょうか、伯爵」
と、執事がやって来た。
「……なんだ」
露骨に不機嫌な顔で執事をにらむウィンド伯爵。
執事はまだ年若い青年だが、眉ひとつ動かさず、
「エルメダ王からお呼びがかかっております」
冷静な態度で告げた。
「王が、私を?」
「火急の要件とのことで」
「……分かった。すぐに支度をしろ」
「かしこまりました」
執事は一礼した。
王が自分を呼びつけるような火急の要件――。
何か嫌な予感がした。
「『災厄の王』……?」
「うむ。そう名乗る魔物の王が目覚めようとしている」
王の話はあまりにも唐突だった。
「その……話がよく見えないのですが、何者なのですか、その『災厄の王』とやらは」
「詳細は分からぬ。ただエルメダ王家の口伝にのみ存在する化け物だ」
王が深い息をついた。
「もしその者の狙いが我が国に向いたなら、壊滅的な被害を受けるかもしれぬ」
「壊滅的な……」
伯爵が身を震わせる。
ようやくことの重大さが分かってきた。
「そうならぬよう備えを怠るな。お前が中心となって我が国の防衛体制を整えよ。無論――『災厄の王』のことを口外し、無用な混乱は避けねばならぬ。その辺りの理由付けも上手くやるのだぞ」
王が伯爵を見据える。
「かしこまりました、陛下」
これは自分の腕の見せ所だ、と伯爵は理解した。
王国を襲うかもしれない未曽有の危機――。
それに上手く対処できれば、自分の評価は大きく上がる。
逆にしくじれば……信頼を失うことになるだろう。
※次回は主人公視点です。