7 伯爵家、没落のきざし6(追放者視点)
ウィンド伯爵の妻、エミリーが妊娠した。
だが、彼は疑念を持っていた。
「本当に俺の子なのか、エミリー……?」
ぎりっと歯ぎしりをする。
気持ちがモヤモヤして公務に集中できなかった。
連日、気もそぞろである。
それでも王から直々に命令された『災厄の王』対策部隊の編成は進めなければならない。
有望そうな人材を探しては、伯爵みずから声をかけに行く……という日々を繰り返した。
なにせ騎士団も魔法師団もあまり協力的ではないのだから、そうやって地道なスカウトを続けるしかない。
そんなある日、
「奥方様がご懐妊とのこと。おめでとうございます、伯爵閣下」
『災厄の王』対策部隊のグランツが一礼した。
「……ありがとう、グランツ」
伯爵は務めて平静を装った。
グランツが伯爵の愛妻であるエミリーと通じ、不倫関係にあることは突き止めてある。
彼は、伯爵に不倫がバレていることを分かったうえで、わざと祝いの言葉を告げたのだろうか。
(くそ、若造が……舐めやがって)
内心で歯ぎしりする。
「では、私はこれで失礼します」
言いながら、去ろうとする彼の口元に笑みが浮かぶのが見えた。
嘲笑だ、と思った。
そのとたん、伯爵の怒りは沸点を超える。
「――待て、グランツ」
我慢できずに彼を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「ヘラヘラ笑うんじゃない!」
思わず怒鳴ってしまった。
「くっ……」
グランツの表情がこわばる。
さすがに立場をわきまえているのか、伯爵に怒声を返すようなことはしない。
だが、涼しげな瞳の奥には怒りの炎があった。
(くそ……怒ってるのは俺の方だ)
伯爵はますます歯ぎしりした。
こんな若造に愛する妻を奪われたことが悔しくてならない。
互いに、にらみ合いになった。
空気が張り詰めるのが分かる。
一触即発だ――。
ごごごごごごごごごっ……!
そのとき、突然の振動が部屋を襲った。
「な、なんだ……!?」
周囲が揺れているのは地震かと思ったが……どうも様子が違う。
次の瞬間、全身にすさまじい悪寒が走り抜けた。
「くっ……【探知】!」
伯爵は己のスキルを発動した。
ウィンド伯爵家の当主だけあって、彼のスキルは常人よりもはるかに優秀だ。
ここから数キロ離れた場所に、信じられないほど巨大な魔力発生源がある。
「こいつは――」
おそらく、魔物だ。
それも単なるモンスターではない。
「まさか、こんなタイミングで――」
愕然と立ち尽くす。
直感的に悟っていた。
いきなり現れたそいつは、間違いなく――。
『災厄の王』の使徒だ、と。