8 伯爵家、没落のきざし4(追放者視点)
「くそっ。財務大臣め、ケチケチしやがって……」
ウィンド伯爵は毒づきながら歩いていた。
王から直々に授かった仕事である『災厄の王』対策――。
その予算について財務大臣と交渉したのだが、最終的には当初考えていた額の半分程度しか勝ち取れなかったのだ。
当然ながら、予算が多ければ多いほど強力な部隊を編成できるし、その他の対策も充実してくる。
だが、今回の予算では想定通りの部隊編成は難しいだろう。
メンバーの数を減らすか、質を落とすか――。
「国家の危機だというのに……」
腹立たしくてたまらない。
といっても、向こうは国の危機より自分の保身や出世、権力の方が大事だろうし、それは自分も同じことである。
極論すれば、この対策によって民が救われようと、あるいは犠牲になろうと、さしたる興味はなかった。
伯爵にとって大切なのは、この仕事が王にどう評価されるか、ということ。
そして一定の成果を上げ、宮廷内での自分の面子を保つことである。
だが、この予算額では中々厳しい出だしとなってしまった。
「くそ、予算が決まった以上、これでなんとかするしかない……!」
ギリギリと奥歯を噛みしめながら、伯爵は執務室へ向かう――。
「むむむ……人員が集まらんか……」
『災厄の王』対策部隊。
それを編成するため、王国の騎士団や魔法師団から有志を募ったが、集まりは悪かった。
そもそも『災厄の王』のことは表立って知らせることができない。
その存在はあくまでも極秘である。
したがって、この対策部隊も名目上は単なる特殊部隊として募集した。
結果、伯爵が希望したような精鋭の騎士や魔術師はほとんど集まらなかった。
騎士団、魔法師団の方でそういった精鋭を出してくれなかったのだ。
「くそ、舐めやがって……」
吐き捨てる伯爵。
――と、そのときだった。
集まった騎士たちの中の一人を見て、ハッとなる。
(あいつは――)
直接の面識はない。
だが、情報は知っていた。
以前に妻のエミリーの浮気について調べたとき、その相手役として浮上してきた青年だ。
騎士団の若きホープの一人。
涼しげな顔立ちに爽やかな雰囲気で、女性から抜群の人気があるという。
妻とは友人を介して知り合ったとあるが――。
その彼が、こちらを向いた。
小さく微笑む。
一見して、爽やかな笑み――。
だが伯爵は、それがやけに挑発的に見えた。
俺はお前の大事な妻を寝取ってやったんだぞ――。
言外にそう勝ち誇っているように思えたのだ。