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教徒たち

悪い人ちゃうでなんてそらそうやわ

作者: 我妻弘明

 過去最短レベルのあっけなさで振られて、別れた。過去一泣いた。過去一度も泣いたことがなかったので、今回初めて泣いたため過去一という意味である。そんなんどうでもええわな。

 急に別れようとLINEが来て、その場で電話して、淡々と話して別れた。円満な破局なので、各種SNSもブロックしたりすることはお互いになかった。もういい大人だし。

 この先疎遠になったり極端に気まずくなったりしないよう、少し経ってから、年度内に1度友達として会おうという飲みの約束だけした。本当に実行されるかどうかは、今は分からない。


 電話を切った直後は、泣かなかった。電話の最中も、もちろん泣いていない。むしろ別れを持ちかけた向こうが拍子抜けするほど、極めて冷静な受け答えをしていたように思う。

 翌日たまたま調整のための有給だったので、好きな俳優の映画やドラマを朝から晩までぶっ通しで見て、ヘラヘラ笑いながらご飯を食べて、ダラダラ寝ていた。雨だったのでウーバーでもしようと思い、王将で餃子とチャーハンを頼んで、それを食べる時に急に込み上げた。

 直近でウーバーを頼んだのは、仕事でとんでもなく大きなミスがあって、自炊をする心の余裕がないぐらい落ち込んだ日の夜。その週末、そのダメージを癒すかのようなタイミングで付き合うことになったのが彼だった。だからその彼が、今度は私が再び自炊の気力をなくすくらいのショックをもたらす張本人に変わった、ということを実感した瞬間、もうダメだった。安くて早くて美味い中華の濃い匂いと、到底愛らしいとは言えない大きな私の嗚咽が部屋中に充満する、非常に無力で情けないシーンが出来上がった。


 家に置いてあった彼の歯ブラシを捨てる時、いつものキスと同じ香りの歯磨き粉の匂いがして、また泣いた。でも、捨てた。結局その日はあまりよく眠れなくて、次の日は目覚ましよりも1時間早く目が覚めた。昨夜入れなかったシャワーを浴び、腕と、脚と、脇の産毛をシェーバーで剃った。それが必要な状況に迫られているわけではなかったが、そうしたかったので、そうした。 胸の周りと、Vラインと、自分では見えない際どいラインまで綺麗に剃った。次いつ誰に見られるかもわからなかったが、そうしたかったので、そうした。

 雨で取り込みっぱなしになっていた洗濯物を畳み、ご飯を炊いている間に、掃除機をかけた。お米と納豆と牛乳がなかったので、近所のスーパーまでほんの数メートルだが、化粧をして買いに出かけた。誰かに会うためだけが化粧をする理由ではないと思ったので、そうした。


 未熟ではあるが、四半世紀以上自分なりに生きて、経験から得た知見がいくつかある。片方がどんなに強い気持ちで引き留めたかったとしても、恋愛というのは、どちらかが終わりだと思えば、それはもう終わりだということ。家事や整理整頓、身だしなみを整えるといった何気ない『生活行為』は、悲しみや不安を和らげる、最も簡単かつ効果的な手段だということ。

 涙を流すくらい自分の心を動かしてくれた誰かは、その理由の悲しさ嬉しさを問わず、自分の人生にとって、とても大切な存在だということ。それらを踏まえ、ゴミを捨てに行くため私は腰を上げた。

 また、涙が出た。


<二年後の追記>

 この文章を書いたときの私には、何か文学的な余白を持たせたり情緒を漂わせる意欲は一切なかった、ということだけ伝えておく。ただ書きたいことを書きたいときに、書きたいように書きなぐったまでである。そういう日があっても別にええやんけ。よって読み返した今、この時の感情が1ミリも残っていない今も、書き直す気はない。


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