一寸の虫にも五分の魂の証明。
虫を大量に殺す描写が苦手な方、精神が不安定な方はブラバ推奨です。
1
「一寸の虫にも五分の魂」
「だ、誰だ!?」
ひとり暗い部屋に閉じこもっていると、突然頭の中で他人の声がしたので驚いた。
不法侵入者か?
キョロキョロと周りを見渡すが誰もいない。
長い期間友人ゼロの誰とも会話しない引きこもり生活を送っていたところだったので、
「とうとう自分はおかしくなったのかもしれない」
と、ぼくは頭の異常を疑った。
だがTVやインターネットのニュースによると世界中の全人類が同時刻に同じ声を聞いたのだそうだ。
初めの頃は数分に1度のペースで聞かされたので本当に気が狂うかと思ったのだが現在は朝の6時、正午(昼の12時)、午後6時の1日3回に落ち着いている。
そろそろお昼時だろうか。
「一寸の虫にも五分の魂」
ほら来た。
すっかり時報代わりだ。
お陰で規則正しい生活を送れるようになりました。
ところで「科学者」「宗教家」と呼ばれる人たちにはこの声が少し異なる内容らしい。
科学者には「一寸の虫にも五分の魂」を証明するように求めていて、宗教家には「一寸の虫にも五分の魂」の宗教的解釈や覚りを開くことを求めているのだどいう。
そして世界はこの謎を解き始めた。
2
このところ、世界中の科学者と宗教家が謎の解明に取り組んでいるのは別に、ぼくはぼくで「一寸の虫にも五分の魂」について色々考えをめぐらしている。
つまり「虫」についてだ。
大人になった今ではめっきり虫は苦手になってしまったが、小学生の頃は虫取り網で昆虫を捕まえて虫かごの中で観察したり標本を作ったりと結構平気だった。
通販で蚕の育成キットを親に買ってもらい、卵から育てたこともあった。
蚕は残酷にも最後は繭を茹で、生糸を作るのがゴールだったな。
そういえば。
もっと残酷なことを思い出した。
子供のころのぼくは、本当に残忍な小さな怪物だった。
――あれは小学3年生か4年生の時の夏休みだったと思う。
近所の子たちに交じって鳴いているオスのセミを捕まえていた。
(子供の頃は近所の子と遊ぶくらいはできていた)
ぼくたちは子供特有の残酷性でもって、セミのお尻に爆竹を詰め火をつける。
導火線の中ほどまで火が進んだところで空に放つ。
逃がすのがあまり早すぎると空中ではなく、近くの木に止まってしまう。
かといって遅すぎると今度は自分の近くで爆竹が爆発してしまう。
ちょうどいいタイミングで離すテクニックが必要だった。
ぼくの放したセミが青空に向かって逃げていく。
「みーんみんみんみん……」
そして爆竹が狙いどおり空中で破裂する。
パァン!
7年の間暗い土の中で過ごし地上では1週間しか生きられないという生き物に対し、ぼくはなんと酷い仕打ちをしてしまっていたのか。
――酷い仕打ちはまだあった。
これも同じく、小学3、4年生だったと思う。
ぼくは当時、庭がちょっとしたジャングルになっている、自然豊富な書道教室に通っていた。
そこで特に勢力を誇っていたのがアリだった。
中でも2種類のアリが目立っていて、1つは少し大きくて素早くて赤茶色のヤツ、もう1つはかなり小さくてそれほど素早くない黒いヤツだった。
目についたこの2種類のアリをぼくは特に理由なく殺しまくった。
とにかく踏んで踏んで踏みまくり、彼らを殲滅することに熱中した。
巣穴を発見すれば庭のホースを勝手に使って水を流し込んだ。
殺しても殺しても彼らは湧いてくることに苛立った。
あの時ぼくは何千匹あるいは何万匹は殺したのではないか。
「一寸の虫にも五分の魂」
――ぼくはもしかして大量殺人犯に等しいのだろうか。
3
たったひとつだけ美しい記憶を見つけた。
最後はバッドエンドで終わってしまうから要注意だけど。
あれはもうすこし成長した、小学5年生くらいだったと思う。
ぼくは学校帰りにアゲハ蝶の幼虫を見つけた。
アゲハ蝶の特徴的な少し大きな頭の部分を突っつくと、普通の幼虫は攻撃されたと認識して臭い匂いを出す角で威嚇したりするのだが、彼(または彼女)は頭をこちらに向けて愛らしく「何?」と語ってくれた(ような気がした)。
不思議なことに心が通じ合い、家に連れて帰ることにした。
あの時、アゲハ蝶の幼虫の芋虫とぼくは完全に心が繋がっていたんだと思う。
ぼくは彼(または彼女)を愛おしく感じ、向こうもぼくに親しみの情を返してくれた。
「君のなまえ何がいい?」
アゲハ蝶の芋虫だから「アッちゃん」と名前を付けた。
二人はすっかり仲良しになり、ぼくの部屋の中で楽しく遊んでいた。
ところが楽しい時間は長く続かない。
部屋の中にある古びた洋服箪笥の引き出しを使ったアスレチックで遊んでもらっていた時のことだ。
少し無理がある角度だったのだろう。
アッちゃんがある難関を越えようと直角に背を反らした時、皮膚が耐えきれず裂けてしまったのだ。
ぼくはあわててアッちゃんを平地へと戻したが、裂けてしまった箇所からは体液が漏れていた。
子供のぼくにはアッちゃんを治療することは出来ないし、もしかしたら大人でも無理かもしれない。
哺乳類なら血小板が傷を塞いでくれるとおもうのだけど、昆虫には血小板は無い気がした。
ぼくは涙を流し「ごめんなさい」と謝りながら彼を家の庭の木に、自然の中に戻すことしか出来なかった。
子供時代の美しくも切ない想い出だ――――
4
世界中の優秀な科学者を集めて結成された合同研究チームによる研究結果が今晩、世界同時中継で発表されるらしい。
夜中の2時、ぼくはTVの前で待っていた。
きっと日本中の全国民が、いや全世界の人類がぼくと同じくTVの前にいるに違いない。
中継先はアメリカだった。
痩せぎみの男女5名が報道陣の前に現れる。
その中で眼鏡をかけているひとりの男性が日本人らしい。
報道陣のざわめきが静かになるのを待ってから発表が始められた。
同時通訳のおかげで英語でもぼくにも理解できた。
その内容はこうだ――
「『声』は我らに魂の構成を調べる技術をもたらしました」
「その技術を使い、様々な生き物の魂の構成を調べました」
「その結果人間と虫の魂の構成はイコールであると判明しました」
「それ以外の生き物の構成は異なりました」
頭の中で語りかけてくる声が、彼ら科学者に魂の構成の調べ方を教えたのだという。
「魂の構成が人間と虫で同じ」?
いったい何を言ってるのだろうか。
ふと色々なことが腑に落ちるような感覚を覚えた。
これまでぼくが疑問に思っていた、人の心を持たないような犯罪者たちの話。
レイプ魔、オレオレ詐欺犯、無差別テロリスト。
世界に戦争の火を振りまく軍事企業。
そして虫を殺しまくったぼく。
これらの存在の魂が虫に由来しているとしたら。
元々が虫ケラで、人の形を取っているだけだったなら。
色々と納得がいくように思えてしまった。
「人間と虫の魂の構成がイコールである――この調査結果は我ら研究チームにとって受け入れがたいものでした」
「ここで1つの仮説が浮上してきまきた。我われ人類が生きるこの世界が、何者かによって造られた『一寸の虫にも五分の魂』を証明するための実験装置なのかもしれないというものです」
なんと……科学者たちはこの世界が上位の存在に造られた仮想空間だとでもいうのだろうか。
「更にここでもう1つ仮説が出てきます。それは懸念と言い換えてもよい深刻なものです」
「その仮説は、我われこの世界の人類自身が『一寸の虫にも五分の魂』を証明できたことで、この世界が役目を終えたのでは、ということです」
「つまりこの世界が創造者によって消去されるかもしれないのです」
えっ、この世界が消える?
会場ではジョークと受け取ったのだろう、いくつかの笑い声が起きた。
しかし壇上の科学者たちの表情は一切にこりともしない深刻な雰囲気のままだった。
笑いはすぐにおさまった。
そして事前に予告がなかった宗教家のグループによる発表も続けて行われた。
「『声』は私たち宗教家にもメッセージを届けました」
「とても難解でしたが『人類にたったひとつのことを伝えようとしている』と我々の中で意見が一致しました」
科学者チームは、ここで少し間を置き、報道陣を見渡した。
「これから、我々人類に『声』の主による『選別』が待っています」
会場がザワッとする。
一人の記者が手を挙げて質問した。
「『選別』とは何を意味しますか」
科学者が優しく微笑みながらこう言った。
「魂のレベルが一定の基準を満たしてる人間は救い出されるかもしれません」
「今いるこの世界が消去される前に、この世界から」
――ああ。ぼくは思った。
きっと、ぼくは『選別』されないだろう。
5
その日から少しずつ、時には大量に人間は虫に戻っていった。
初めは刑務所にいた囚人や犯罪者、テロリスト集団から。
次に悪徳商法やカルト教団のトップ、汚職政治家、淫行教師、いじめの首謀者。
更にはブラック企業経営者、暴力教師、モンスターペアレント。
そして最後には何も悪くない善良な一般人まで虫になっていった。
いたるところで恋人や夫婦、親子で抱き合いお別れの準備が行われていた。
また、虫に変わった恋人を夫を妻を、親を子を虫かごに入れて泣き抱いて座り込む人たちの様子がTV画面に映し出された。
あの発表を行った科学者たちや宗教家たちでさえも虫になっていった。
その間ぼくは世界が崩壊していく様をTVの前で眺めているだけだった。
世界は急速に崩壊していった。
人類の90%以上が虫に変わったのだから当然だ。
しかし、地球全体の人口が三千五百万人に減らされたところで、虫になる人間の数は止まった。
人間として残ったのはたったの5%だった。
つまり95%の人間は虫になってしまったということだ。
6
ぼくはなぜか虫にならなかった。
自分の順番を待っていたのだが……正直困惑している。
開けっ放しにしてあった窓を閉めることにする。
しかし、なぜぼくは虫にならなかったんだろう。
ふと、前の会社でいやがらせをしてきた上司や同僚の顔を思い出す。
「そういえばあの上司とかいかにも前世昆虫のような嫌なヤツだったもんな」
とは言ってもぼくも元は同じ虫の魂だったんだよな。
同族嫌悪というヤツだろうか。
意識が暗黒面に落ちないように、この考えは持たないほうがいいような気がする。
今からでも虫にされてしまう可能性もないとは言えないし……。
一旦崩壊したはずの人類社会だったが、しばらくすると平常を取り戻し始めた。
生存者に食糧の配給が始まったとTVのニュースで流れている。
どうやら大量の食糧が余っているらしい。
95%の人間がいなくなったのにもかかわらず、世界が正常にもどろうとしているとTVのアナウンサーが伝えている。
「これって、95%の人間は元々不要だった、ということなのかな」
少し可笑しくなって、ぼくはひとり不謹慎な笑い声を上げた。
でもこの世界は正常に戻れたとしても『声』の主に消去される運命にあるのだけど。
お腹を空かせていたぼくは配給を貰う為に久しぶりに部屋の外に出ることにした。
7
「実験は終わりました。あと7日でこの世界は終わりです」
結局、実験とはなんだったのか。
『声』の主とは何者なのか。
もしかしたらこの世界は小学生の夏休みの実験で作られたのかもしれない――そんな気がする。
これから、人間として残っているぼくたちを『声』の主の使いが迎えに来るらしい。
残された人口の三千五百万人の内、半分以上の二千万人がこの世界に残る選択をしたという。
「虫になってしまった恋人、家族とこの世界で命を全うしたい」
幸い、ぼくはすでに両親を亡くしていて、兄弟もおらず、恋人も友人もいない「ぼっち」だったので、迷いなくこの世界を後にすることにした。
指定された空港で迎えを待っていると、普通のボーイング的旅客機な見た目のUFOが着陸した。
違う世界に連れて行ってくれる乗り物の見た目が普通の旅客機……。
全然UFOっぽくないのでペテンにかけられたような感覚に陥るが、『声』の主によるとどんな形でも関係ないらしい。
形はなんでもよく、あくまで地球人に一番馴染みがある形にしているのだという。
旅客機の様なUFOの搭乗口ドアから現れたのは未来的スーツの銀髪女性だ。
古いオカルト情報誌で読んだ「金星人型宇宙人」を思い出した。
かなりの美女である。
UFOに乗り込みながら、ぼくは我慢できずに思わず聞いてしまった。
「もしかして金星人ですか」
「いいえ。地球人ですよ。また『本当の』という意味で人間です」
「なるほど……ありがとうございます」
ぼくに割り当てられた席は二人掛けのエコノミー席の通路側だった。
かなり狭い席だが、窓側のシートにはすでに先客が座っている。
先客は先ほどの金星人型女性に勝る金星人型美少女だった。
こんな美しい少女が日本に存在したのか。
いや、人間離れしている……。
「さすが選ばれし魂の持ち主」
そんな感想を持った。
それに比べて自分はどうだろう……羞恥心を覚えながら、できるだけ目立たないように会釈し着席する。
そのまま自分の存在を「無」にすることを心掛ける――
「えっと、トワ君ですよね」
「トワ君」とは子供の頃のぼくのあだ名だ。
話しかけられているのが自分であることに気が付くまで時間が掛かっていまった。
ふと横を見ると、金星人型美少女がこちらの方をじっと見つめている。
なぜかこの娘にぼくが話しかけられている……?
「確かに子供の頃『トワ君』と呼ばれていたことがあります……ぼくのことを知っているのですか?」
美少女は意味ありげに微笑む。
「トワ君は子供の頃に芋虫と遊んだことを覚えていますか?」
「確かに遊んだことはありますが……どうして知っているのですか?」
ちょうど思い出していたところだったので、すぐにコクリと首を縦に振り肯定する。
しかし、あの一人遊びをどうしてこの人は知っているのだろうか。
「わたしはあの時の芋虫です。アッちゃんです」
「えっ?」
「遅くなりましたが、やっと成虫に……蝶々になれました」
「えええっ!?」
驚きすぎて息が止まる。
ちゃんと観察できていなかった目の前の超絶美少女を上から下までマジマジと見てしまう。
それは間違いなく、世界で一番美しい蝶だと思いました。
この世で一番の魂の美しさが外の世界にまで溢れているのだと思いました。
「あの時はごめんなさい」
「全然大丈夫だから気にしないでいいよ。こうしてまた会えたんだから」
悪戯が成功したように得意げな笑みを浮かべるアッちゃん。
口調もフランクな砕けたものになっている。
あの頃も話が出来たらこんな感じだったのかな。
「新しい世界でも友達になってくれるかな?」
彼女のその問いに、ぼくは「もちろん」と即答したのだった。
~fin~
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(2022.9.18)ジャンル変更しました。純文学→SF〔空想科学〕