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パフェ・オ・ブルーハワイ  作者: 三井葉
パーフェクト・スノー・ホワイト
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パーフェクト・スノー・ホワイト -4

 放課後にもなれば、日中の日差しは引いて、ある程度秋らしい空気が満ちていた。僕ら生徒会は『クラブ棟‐E』で待ち合わせた。ちなみに、この学校の広大な敷地内各所に、クラブ棟はAからHまで存在している。この学校の部活はとにかく多種多様だ。そして、部屋を必要とするクラブには全て専用の活動部屋が与えられているのだから、クラブ棟の拡大は当然のことなのだろう。『クラブ等‐E』は、一面ベージュの建物で、部屋が均等に割り振られた小ぶりなマンションのような風格だ。塗装は塗りたてなのか、くすまず明るい色を保っていた。僕は、出入りする人の邪魔にならないよう、玄関横の花壇の近くに控えていた。他のメンバーはまだ来ていないようだ。待っているとほんのり甘い香りがして、目を向けると丸く刈られたキンモクセイが植えられていた。艶のある緑の葉に囲まれて、ちらちらとオレンジ色の小花が顔を出している。


間もなく、ハギワラさんと会長が一緒にやってきて、それから五分ほどでユヤマが現れた。演劇部の部室は五階だ。僕らは武骨な木製の階段をだらだらと登った。五階は人の出入りが少なく、廊下は静かだった。僕らは自然と雑談をやめた。奥の演劇部の部室に近づくにつれ、室内の賑わう声が聞こえてきた。まさに部活動中という雰囲気なので、急に戸を叩いて邪魔をするのはためらわれる。しかし、ユヤマは当然のように演劇部の戸を叩いた。一人の部員が戸を開けた。部員は僕らを見て少し目を見開いた。


「あれっ、生徒会の方ですか?」

「そうでーす。ちょっと依頼があって、今いいですか? 見てるだけなので」

「いいですよ。ちょっと衣装合わせでバタバタしてて、座るとこないですけど」


 部員は依頼について深く聞くこともなく、僕らを部室に通した。

『衣装合わせ』と言っていた通り、一教室の中で複数の部員が色とりどりの衣装を手に取ったり、タブレット端末で写真を撮ったりしていた。ほとんどの部員が制服のままだったが、動物の耳を模したカチューシャや中世風のテンガロンハットを試着している部員も居て、『白雪姫』の衣装合わせであることが一目で分かった。僕らは教室の隅に棒立ちになって、忙しそうな部員たちを少し観察する。


 「あの人が『スノーホワイト』さんだ」


会長が僕に耳打ちする。会長の目線を追って僕も見てみると、紺色のつややかなビロードのドレスを手にした部員がいた。他の衣装に比べて華やかで、主人公の衣装だと分かる。僕はその顔に見覚えがあった。クシロだ。


「僕のクラスメイトです」

「あ、そうなんだ。確かクシロさんだよね」


 会長とひそひそ話をしていると、クシロと目が合った。クシロは一瞬、目を見開いて、照れくさそうに小さく会釈した。僕に会釈したというよりは、生徒会の面々に合図したような感じだった。クシロはすぐ目をそらして他の部員と相談を再開した。

数分もすれば、クシロは衣装をおいて、会長に話しかけた。


「会長、あ、あの……わざわざありがとうございます。ミナミも……」


クシロは僕に目を合わせた。僕は先ほどのクシロのように、少し微笑んで会釈した。会長がいいよ、と笑う。


「君が『スノーホワイト』さんで合ってる?」

「はい、クシロです。よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。今、時間ある? ちょっと話がしたいんだけど」


 クシロはこくりと頷いた。僕らは廊下に出て、クシロの話を聞くことにした。


「あの、依頼見たと思うんですけど、白雪姫になりたくて」


 これに、ユヤマが首を傾げる。


 「白雪姫の役がうまくできへんってこと?」

「いえ、そうじゃなくて……。私、小さいころからずっと白雪姫にあこがれていたんです」


 緊張ぎみのクシロだったが、『あこがれていた』というところは、はっきりと言った。僕らはクシロの話に耳を傾ける。


「白雪姫は継母に愛されなくて、孤独だったはずなのに、動物や小人達に好かれるような優しい心を持っているんです。継母に毒殺されそうになっても、最後にはやさしさで得た愛で生き返って、幸せを掴むんです」

 「憧れの白雪姫の役だからこそ、気合が入るんだね」

 「はい。『白雪姫』の役を貰えることになって、本当に嬉しかったんです。保育園の子どもたちに見せる劇なんですけど、小さな子に、私があこがれた白雪姫のやさしさを感じてほしいんです。でも、私、気づいてしまって」


クシロは話を止めて少し俯く。何に、とユヤマが促した。


「私、本物の白雪姫じゃないってことに」


クシロの言葉に、皆が黙り込んだ。クシロが憧れたのは物語の中の本物の白雪姫だ。クシロは本物の白雪姫を子どもたちに見せたいが、クシロはあくまでクシロなので、それはかなわない。黙ってしまった僕たちを見て、クシロは慌てて補足する。


「もちろん、本物になれるなんて思ってません。私はお姫様じゃないですから。でも、できるだけ本物に近づきたくて、普段から誰にでも親切にするよう意識しました。日常的に、動物と触れ合う機会を増やして、家では家事をなんでもやりました。そうしたら、お芝居をしていると、心のそこから優しい気持ちが湧いてきて……本物に近づけたような気がしたんです」

「クシロは白雪姫に負けないぐらい親切だけど、それでもまだ納得いかない?」


僕の言葉に、クシロは首を振った。


「ありがとう。でも、一つだけ、心の底から演じられないシーンがあって、毒リンゴを食べた白雪姫が、倒れるシーンなんです」

「心の底から演じられない?」


 怪訝そうにハギワラさんが聞いたが、僕にはなんとなく、クシロの考えることが分かった。


 「はい。だってお芝居の中では、私は毒の入ってない、普通のリンゴを食べるんです。おいしいリンゴを食べて気分も悪くないのに『ウッ』とか言って倒れるんです。それをみたら、子どもたちはきっと私を心配しますよね。それって純粋な子どもたちの心を利用しているみたいで。本物の白雪姫なら、こんなお芝居しないと思うんです。これを部員に言ったらこだわりの強すぎる、難しい俳優だと思われそうで……生徒会の皆さんに相談させてもらったんです」


 クシロの抱える問題は、確かに一人では解決できそうもない難しい問題だった。その場で答えが出そうもないので、僕らは一旦この話題を持ち帰り、案が出るのを待って貰うことになった。

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