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パフェ・オ・ブルーハワイ  作者: 三井葉
パーフェクト・スノー・ホワイト
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パーフェクト・スノー・ホワイト -3

 昼休み。チャイムと同時に「起立礼」を終えて、生徒たちは一斉に伸びをしたり、いそいそとロッカーへ弁当箱を取りに行ったり、思い思いに動き始めた。僕は動き回ったり立ち話をしたりする生徒たちの間を潜り抜け、クラスルーム塔を出た。外では真昼の明るい日光が広い芝生に降り注ぎ、木陰やベンチでは生徒がお弁当を広げ始めていた。それらを横目に、僕は『課外活動棟1』へ向かう。途中、購買のワゴンでボトルコーヒーを買った。校内は広いので、お昼休みや放課後には各所にワゴンショップが出るのだ。

 生徒会室へは十五分ほどを要したが、学校が広いことを考慮してか、昼休みは一時間半ほどあるので慌てることはない。生徒会室には既に僕以外の面々が揃っていた。

僕が入室すると、会長とハギワラさんは話をやめてこちらへ目をやった。ユヤマは……


 「わっ!」


 耳元で急に声がして、僕は反射的に肩をすくめた。目の前でぱっと手を広げたのはユヤマだ。驚きというよりは、反応に困って固まった僕を見て、ユヤマは手をおろした。


 「うーん、反応イマイチやなあ」

 「そう言われても……」


 ユヤマは残念そうだが、自然な反応だから仕方ない。


 「古典的すぎるだろ」


 と、ハギワラさん。


 「いやいや、こういうのはシンプルなのが一番びっくりするんですって」


 弁解しながら、ユヤマさんはハギワラさんの隣に座る。机にはそれぞれの昼食が広げられている。ユヤマはサンドイッチ、ハギワラさんと会長はお弁当だ。


 「ミナミ、これ」


 会長は自分の弁当の隣に置いてあった白い箱を自分の隣に押しやった。言われなくても分かる。ケーキの箱だ。僕は大人しく会長の隣に座った。


 「どうもありがとうございます」


平たく礼を言いながら、僕は会長のとなりに座った。


「季節限定商品だよ」

「そうですか……」


僕は、中身を傷つけないようゆっくりと箱を開けた。上から覗き込み、中身を確認する。


「あっ、モンブラン」


栗の香りがふわりと香る。僕は基本的に甘いものは苦手だが、モンブランは例外で、おいしく食べられるスイーツの一つだった。


「いつもは売り切れるんだけど、昨日はたまたま余ってたんだ。良かったね」

「ありがとうございます!」


僕は心からお礼を行って、そっとケーキを取り出した。付属のプラスチックフォークを出して買ってきたボトルコーヒーを傍に置いた。小さなフォークで上のクリームを少しだけすくって、口に運んだ。ほろ苦さの中に、栗本来の甘味を感じる。


「おいしいです」

「そうだろう」


会長は、自分が作ったかのように自慢気に言った。そして、


 「じゃ、そろった事だし定例会をはじめようか」


 と切り出した。


「はあい」


とユヤマが答える。しかしみんなお箸は持ったままだ。生徒会の定例会は、所謂ランチミーティング形式だ。


「さて、今回の議題は、ミナミ君の支持率についてだ」

「支持率?」


僕は議題に自分の名前が挙がったので少し怯んだ。しかも、昨日の今日で支持率の統計とは、一体どんな調査の仕方なのだろうか。


「君が副生徒会長に相応しいと思うかどうか、新聞部が生徒百人に聞きまわったんだ。支持率は今朝の学生新聞で公表されたよ。まあ、新聞部の記事は一日かけて編集して、次の日に発行されるから、前日の情報ではあるのだけれど」

「へぇ、そうなんですね」


つまり、今朝の記事は、昨日までの情報ということだ。

新聞部、と聞いてヒラノの顔が思い浮かんだ。後で新聞の入手方法を聞いておこう。


「で、どうだったんだ?」


ハギワラさんが会長を促す。


「うん、二割くらいかな」

「えっ」


想像より低い数字だった。正直、『副生徒会長に誰が相応しいか』なんて、誰も真剣に考えてはいないし、『副生徒会長なんて誰でも良い』というのが多数派ではないだろうか。この学校では違うらしい。


「正確に言えば、賛成が二割、反対が同率で二割、残りは『何とも言えない』と解答している」

「自己紹介、微妙でしたもんね」


ユヤマが口を挟んだ。そうか、あの機会は立派なアピールの機会だったのだ。貴重な選挙演説で、僕は平々凡々とした当たり障りのないことしか話さなかった。生徒たちが真剣に副生徒会長を選ぶとしたら、僕のやる気を疑われるのは当然かもしれない。正直なところ、あの場では僕も副生徒会長になるというモチベーションを高く持っていた訳ではないけれど。


「うーん、もう一回演説の機会なんて、貰えませんよね」


僕は会長を見た。会長も、うーんと首を捻った。


「全校生徒で集まる機会はないね。いやしかし……もっと良い方法がある」

「お、どんな方法ですか?」


僕は会長の提案に耳を傾ける。


「『目安箱』を使おう」

「目安箱って……ご意見版みたいなやつですか?」

「そうだよ」


会長は説明を続ける。


「生徒会に対する意見、疑問、困りごと……生徒が生徒会に伝えたいことを何でも書いて投稿するんだ。人間関係、失くしもの、個人的な悩みとかね。それで、私たちにできることがあれば解決する。実に生徒会らしいだろう」

「まぁ、大抵が個人的かつ些細な内容だけどな」


ハギワラさんが肩をすくめる。


「たとえばどんな依頼がありました?」

「手紙を渡してほしいとか、昼食に付き合ってほしいとか、始業式で公開告白したいとかだな」

「それは生徒会の仕事なんでしょうか……」


想像より個人的な内容で、僕は苦笑いした。


「立派な生徒会活動だ。どれも私たちにしか頼めない内容だったんだから」


会長は堂々と言って、続けた。


「とにかく、君は依頼をこなすのがいい。実績を積んで君が副生徒会長に相応しいことを証明しよう。運が良ければ学校新聞に載って、評判になるかもしれない」


会長はそう述べながら、タブレット端末を取り出した。生徒会の所有物だろうか。


「それは?」

「目安箱だよ」


会長は僕にタブレット端末の画面を見せた。画面上部に華奢なフォントでタイトルが表示され、アイコンらしき水色の立方体が中央でくるくる回っている。その下に数個の項目が並べられ、メニューが表示されている。シンプルなアプリケーションだ。


「アプリの名前はローマ字で『mesasu』。メニューの通り、機能は『目安箱を引く』、『投稿一覧を見る』、『設定』の三つだけだだよ。生徒会のオリジナルアプリなんだ」


会長が自慢気に言う。


「えっ、誰が開発したんですか?」

「初版は結構前の卒業生らしいから私も知らない。ただ数回アップデートしていて、最新版はタダさんが作った」

「タダさん?」


聞きなれない名前に、僕は首を捻る。


「生徒会の会計係だよ。そのうち紹介しようと思ってたんだけど……」

「えっ生徒会ってまだ居たんですか」

「一応な。生徒会は今のところ、ミナミを入れて五人やで」


 ユヤマの言う、『一応』が気にかかった。それを察してか、ハギワラさんが続ける。


「タダは三年生なんだが、ほとんど学校には来ない。必要な時はインターネットから連絡をとる」

「授業はどうしてるんですか?」


これには会長が答える。


「私が同じクラスなんだけど、私がタブレットを通して中継してるよ。お礼にタダさんは私に数学をいつでも教えてくれるんだ。多田さん、数字が得意だから」

「へぇ」


僕は、顔を見たことのないタダさんを想像しようとしたが、情報がすくなすぎた。効率主義であることは間違いない。


「またいずれ紹介するよ。とにかく、このアプリが目安箱ってわけ。あとで生徒会用のログインパスワードを共有するからね」


僕も安全のためにタブレット端末くらいは所持しているし、アプリケーションが嫌いという訳ではないが、使うことが苦手だった。だから素早く操作は出来ないが、このアプリケーションなら、簡単に操作して、じっくりと時間をかけて目安箱の投稿を読んでみることが出来そうだった。


「早速、依頼を決めようじゃないか」


会長がタブレット端末を僕の方に寄せる。


「ファーストミッションや」


ユヤマがおおげさに言った。


「一番上の『目安箱を引く』をタップすれば、ランダムで依頼を選べる。冷やかしを引いたときは引き直せるから。さあ」


会長に言われるがまま、僕は『目安箱を引く』をタップした。

サイコロが転がるみたいに、画面中央で青い立方体がくるくる回り、ピタッと泊ったかと思うと、上面がパカッと開いた。そこからスッと紙が出てくるアニメーション。画面が切り替わり、内容が表示された。気づけばみんな、画面を覗き込んでいた。


「『白雪姫になりたいです。手伝ってください。 演劇部 スノーホワイト』」


会長が読み上げる。『スノーホワイト』とはペンネームだろう。


「ずいぶんロマンチックな内容ですやんか?」


ユヤマが平坦な調子で言った。


「おまえに『ロマンチック』なんて感情があるのか」


このハギワラさんの言葉にユヤマは失礼なーと唇を尖らせた。なんとなく、二人は依頼内容にはあまり興味がなさそうだった。

僕はというと、この依頼に興味を惹かれていた。意見を入れることもある目安箱だから、ペンネームで投稿されていてもおかしくはない。でも、依頼をペンネームで投稿するなんて、恥ずかしがり屋だなあとぼんやり思った。

恥ずかしがりやの俳優がおそらく役作りのために悩んでいる。僕はこの依頼者に好感を抱いたし、手伝いたいと思う。


「ミナミ、どう、やってみたい?」


会長が僕に聞く。


「はい、やりたいです」


僕は頷いた。会長は、よしっと手を合わせる。


「そうと決まれば、放課後、みんなで演劇部に行こう。二学期の初仕事だ」

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