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パフェ・オ・ブルーハワイ  作者: 三井葉
プロローグ
5/24

プロローグ -5

僕がこの記憶をさかのぼるのに、十秒ほどを要した。その間、生徒会長は僕をじっと見ていた。僕は


「思い出しました」


と告げた。ほらね、とでも言うように肩をすくめる生徒会長。僕がしたいと言った訳ではなく、あなたの提案に乗ってあげただけですけど……と言おうとしてやめた。代わりに、


「もう一つ思い出したんですけど、もし生徒会長になったら僕に毎日昼食奢るって言ってましたよね」

「そうだっけ」

「都合のいい脳みそですね」


傍で聞いていたハギワラさんとユヤマさんが、声を殺して目だけで笑っている。生徒会長は眉を潜めて嘆息した。


 「もう、妙によそよそしくして、大人しいと思ったら……。やっぱり私には強気だよなあ」


僕が生徒会長ことヒダカさんに『よそよそしく』しているのは、ただ幼馴染というレッテルを貼られて、他人に生徒会長とセット扱いされたくないという理由だ。中学校のころは、僕と生徒会長がいつも一緒に居たものだからなにかと突き合わせられて居心地が悪かった。

 とにかく、僕は毎日の昼食に困ることは無いらしい。この収穫は大きい。


「とりあえず、副生徒会長は有難くさせていただきます。まかない付きで」

「いいけど、君のランチは毎日ケーキだよ。私のアルバイト先、パティスリーだからその売れ残りね。メニューの選択権を約束した覚えはないだろう」

「別にいいですよ」


僕の返答に、生徒会長は意外そうに「あ、そうなんだ?」と言いながら、また手元のメモに目を戻した。生徒会長と僕の会話はそれで終わり、僕はあいている席に腰をかけて、持参していたランチバッグからおにぎりを出していそいそと食べ始めた。僕は甘いものが苦手だった。見栄を張っていないと言えば嘘になる。


僕が転校してきたことなんて嘘みたいに、教室は静穏が保たれていた。担任から僕が紹介されることもなかった。ただ淡々と授業が進み、僕は休み時間に質問攻めにされることもなかった。休み時間に話かけられることがなかったのは、僕が本を読んでいたからかもしれない。ただ、時々視線を感じた。ヒソヒソ話をされたという訳ではない。ただ、ひっそりと観察されているような気がした。僕が副生徒会長に相応しいかどうか見図っているのだろうか。

 実際、クラスメイトは僕のことを気にかけていた。昼休みの後、歴史の授業中のことだった。歴史の先生はあまり板書をしなかった。教科書の文章を読み上げながら、時々教科書に無い情報を口頭で付け加えた。生徒は皆黙々とノートに先生の言うことを書き上げていた。僕はノートをとらない。ただ先生が強調した教科書の文章に下線を引いていた。僕は、少しでも情報を記憶に残すために、必死に先生の話に耳を済ませていたから、後ろから突かれて飛び上がりそうなほど驚いた。後ろの席の生徒は、「ごめん」と言ってから、ひそひそ声で


「ミナミだよね、ノート忘れた? 紙あげようか」


と聞いてきた。僕は、


「いや、ノートはあるよ」


と告げた。すると不思議そうに小首を傾げられたので


「僕は書けないんだ」


と言うと、「ああ、なるほど」と身を引いた。そして親切なことに、授業の後に自分のノートを僕に差し出してくれた。


「私、クシロ。よかったらノート使って」

「あ、ありがとう」


クシロの親切心は素直にありがたかった。ノートを受け取り、横に自分のノートを広げた。クシロのノートは手本に相応しく綺麗に整頓されていた。分かりやすく色分けされ、自分で地図や表を書き足していた。


「ノート取るの上手だな」

「そういうの好きなんだよね。歴史は板書少ないし、私ので良ければ毎回貸すよ」

「いいの?」


「もちろん。せっかく綺麗に書いてるから、誰かに見てほしかったんだよね」


 僕はクシロに清々しい印象を持った。僕はもう少し話したかったが、クシロは


「じゃ、返すのは明日でも大丈夫だから」


と他のクラスメイトと話しに行ってしまった。

いつかお礼をしなければ、と思った。その機会は案外早く訪れることになる。


こうして、僕の『浮島第一高等学校』での学園生活は幕を開けた。

 しかし特に注目を浴びるということも、部活に勧誘されるということもなく、ただロッカーや靴箱の場所に迷っていたり、構内図を眺めたりしているとクラスメイトが声をかけて教えてくれた。

 転校初日とは思えないほど、穏やかに一日が過ぎていった。僕は自分でも意識しないくらい、自然にゆっくりと、クラスルームに溶け込んだのだった。

 

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