プロローグ -4
「ヒダカ君って、生徒会長とかやってそうだよね」
そう言ったのは僕だ。どのくらい前だろうか。記憶の中で、僕とヒダカさんが同じ制服を着ている。つまり、中学生の頃、ヒダカさんが高校に入学する直前のことだ。夕暮れの中、僕らはのんびりとした足取りで帰路を歩いていた。ヒダカさんはアハハと快活に笑って僕の予言を否定した。
「そんな面倒なこと、僕はわざわざやらないよ。生徒会長って、自分で立候補して選挙で選ばれて、やっとなれたと思ったら学校の雑用を任されるんだろう」
「そうかなあ」
腑に落ちない様子の僕に、ヒダカさんは「それじゃあ」と次のように宣言した。
「もし私が生徒会長なんかやってたら、君に毎日昼食を奢ったっていい」
「ふうん」
僕は空返事をした。ヒダカさんが壇上で、持前のよく通る声で演説する様子を想像していた。妙に現実味があった。ヒダカさんは中学校で目立ったことはしなかった。進路に、恋愛に、親や友人との関係。中学生の僕らが悩みの種は尽きなかった。芽を摘む前に次の芽が生まれ、悩みの萌芽に圧倒されて身動きが取れなかった。一方、ヒダカさんは『何をそんなに悩むことがあるんだ』とでも言いたげに、冗談と自慢しか口にしなかった。進路を聞けば『陶芸家になる』とか『出家する』とか、みんながヒダカさんに抱いていた、浮世離れしたイメージと絶妙にマッチしていて、かつ現実味のかけらもないことを言って笑わせた。そして、ヒダカさんの自慢話は、もっぱら家族や友人についてだった。お母さんが街でスナップを撮られて、ファッション誌に載ったこと、幼馴染の僕が川柳の公募で特賞を撮ったこと、などなど。そんな風に、ヒダカさんは大人しくも明るかった。そんなヒダカさんだからこそ、人の上に立てば面白いことをしてくれるような期待があった。
「私よりも、君のほうが向いていると思うけどね」
ヒダカさんの言葉に、思わず「え」と言った。自分が誰かを引っ張る存在になるということは想像もしなかった。それどころか、自分が今後何者になるか、何をしているか、ということが想像出来ないでいた。
「ミナミ君は論理的だけど、感性が豊かだし、いい人だからね」
「そうかな」
「うん」
「ありがとう」
そしてヒダカさんは少し夕空に目を向けて、考えてから言葉を続けた。
「君が副生徒会長なんだったら、生徒会長、やってもいいけどな」
ヒダカさんの提案に、僕は曖昧に「あー」と言いながら想像し、返事をした。
「それは、おもしろそうかも」