ハグ・ウィズ・ミー -6
翌日の金曜日。週末を間近に控えた放課後。前日の昼同様、机の中央にはノートパソコンが準備されている。既にタダさんと中継がつながっていて、会長とタダさんが雑談をしていた。僕は窓の外ので、ほんのり黄みがかった木の葉から、まぶしい夕日が透けるのを眺めていた。しかし、ユヤマがまぶしいから、とカーテンを閉めてしまい、僕はとうとう会長とタダさんの話を盗み聞きするしかなくなった。
「たまには外出なよ、そろそろ紅葉が始まるよ」
「そうですねえ、島の紅葉は綺麗でしょうが……こっちは少し足を伸ばしたところで、道端のスミレぐらいしか見つかりませんよ」
タダさんの言葉を聞いて、タダさんは島に住んですらいないことに内心驚く。諸島のどこかに住んでいるものと勝手に思い込んでいたが、タダさんは思ったより遠い場所に住んでいるらしかった。
ちょうどその時、控えめなノックの音がした。
「どうぞ」
会長が告げると、遠慮がちにゆっくりと戸が開かれた。呼び出された理由が分からないのか、戸惑った表情のササベが立っていた。今日はリュックサックを持っていない。
「ササベさん! 待ってたよ、ちょっと待ってね。椅子を出すから」
ササベが何か言う前に会長が言って、いそいそとパイプ椅子を自分の隣、パソコンのカメラに映る位置に置いた。
「こっち座って、さあ」
会長が促すと、ササベは小さく「どうも」とお辞儀をして、生徒会室の扉を閉めてから、僕の後ろを通ってパイプ椅子に座った。
「あなたがササベさんですね」
画面の中で、タダさんが言った。ササベは「はい」と小さく会釈する。
「タダです。よろしくね」
タダさんとササベはまたお互いに小さく頭を下げた。
「タダさんはね、魔法使いなんだよ」
「魔法使いじゃないですってば、タダは技術者です」
会長の言葉にタダさんが苦笑いする。ササベは不思議そうに画面上のタダさんの顔を見つめる。
「ササベさん、タダは昨日、知り合いの協力を得てあなたの依頼を実現させる案を考えました。まだ何も準備は出来ていませんが、聞いてもらえますか?」
「実現って……そんな、本気じゃなかったし、わざわざ労力をかけてもらうなんて悪いです」
ササベは自分が予想していたよりも話が前向きに進んでいることに戸惑っているようだった。
「でも、実現できるなら、したいだろ?」
言ったのはハギワラさんだ。ササベは「えぇ、まあ……そうですけど」と曖昧に頷く。
「遠慮しないでください。どんなことであれ、開発の機会を貰えるのは嬉しいことなんです。実現されていないことこそ実現する価値があるんですよ」
タダさんの熱意に押されて、ササベはこくこくと頷いた。
「分かりました。ありがとうございます」
「なぁなぁ、結局のところ、どうやって実現させるつもりなん? はよ聞きたいんですけど」
しびれを切らしたユヤマがそう言う。
「まぁそう焦らないで……と言いたいところだけど、私もその方法が気になって仕方ない。説明してくれるかい?」
「はい、では簡単に……」
そしてタダさんは説明を始めた。
「要は、触覚フィードバックを応用させるんです。まず、両者の動きを加速度センサで検知します。検知するデバイスはできるだけ小さく、他の機能は要らないので小型化できそうです。検知したデータは触覚フィードバック装置に転送されます。加速度センサで取得した可動電極の動きを印加電圧に変換、駆動波形を生成し、それを元にデバイスに振動を与えます。この時の波形を、お互いの身長体重に合わせて調節することで、お互いのマイスナー小体あるいはパチニ小体を錯覚させるんです」
タダさんはそこで話を止めて、
「どうですか?」
と会長にフィードバックを求めた。会長は画面から目を逸らして僕たちを見まわした。全員が会長と目を合わせなかった。
「えっと、うん、この件はタダさんに一任しようと思う」
「もうちょい分かりやすく言ってもらえます?」
とりあえずリーダーっぽいことを言って流そうとする会長に対して、ユヤマは率直に疑問を投げかけた。タダさんは、「ああ、分かり辛くてすみません」と一言置いて、
「手袋みたいな機械を使って、お互いの体に合ったハグをしているみたいに錯覚させようと考えています」
と至極簡潔にまとめたのだった。
「魔法みたいだ」
ササベがそう呟いた。
タダさんは週末の間に用意をすることを約束して、ササベとのミーティングを終えた。そんな魔法みたいな機械を土日の間だけで完成させられるなんて、タダさんの技術には驚かせられるばかりだが、タダさんによれば既存の機械を組み合わせるのでそう難しくはないらしい。僕からすれば、『組み合わせる』のすらどうやるのか分からない。ササベはミーティングが終わるとタダさんに丁寧な礼を言って、生徒会室を出て行った。夢が実現することを喜んでいるというよりは実感がわかないようで、終始不思議そうな表情をしていた。
「ハギワラさん、今回なんか乗り気ですね?」
ササベが去った後、ユヤマが何気なく言った。
「そうか?」
「なんか、えらい話を前に進めようとしません? いつもは会長のブレーキみたいに『待った』かけるやないですか」
ユヤマと同じことを僕も感じていた。ハギワラさんはこの依頼が始まってから何度か、あきらめきっているササベの背中を押すような発言をしていると思う。
「モモ、可愛かったものねえ。ハギワラんは案外、可愛いもの好きなんだよ」
会長がニコニコして言う。これにはハギワラさんは苦い顔をした。
「いや、そこまでではないが……ただ、興味があるだけだ」
「興味ですか?」
僕が聞くと、ハギワラさんは少し視線を落とした。言葉を探しているようだった。
「恋とか愛とかどっちでもいいが……そんなに熱心になれるのが不思議だ」
「えー、なんか冷たくないですか?」
ユヤマが非難じみて言うが、ハギワラさんは肩をすくめた。
「そう聞こえるのなら、俺は僻んでるのかもな。俺はササベが羨ましい」
「それって恋愛ドラマ見て、『ええなぁ』って思って、続き気になるみたいな感じですか? ハギワラさん、意外とロマンチスト?」
「その言葉、そっくりお前に返す。お前は案外ロマンチストを極めてるぞ」
ユヤマは怪訝そうに「えぇー?」と言ったが、ハギワラさんはそれ以上の説明はしなかった。僕にはなんとなく、ハギワラさんの言うことが分かるような気がした。




