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パフェ・オ・ブルーハワイ  作者: 三井葉
ハグ・ウィズ・ミー
20/24

ハグ・ウィズ・ミー -3

 会長がその日のうちに、校内SNSを検索して依頼者とアポイントメントを取ったというので、放課後僕らは再び生徒会室に集まって依頼者のササベを待っていた。


「娘さん、連れてくるみたいだよ」

「えぇっ」


 会長の宣言に僕は一気に緊張した。


「まじか?」

「放課後すぐに連れてこれるもんやろか」


ハギワラさんとユヤマも怪訝そうだ。


「うん、僕も無理に連れてこなくていいって言ったんだけど、是非会ってほしいって言うものだからね」

「娘って赤ん坊だよな? 学校で目立ちそうだが……」


 僕たちが不安に駆られている最中、生徒会室の扉がノックされた。僕たちは一斉に扉を見た。


 「どうぞー」


会長の呼び声の直後、カラカラと引き戸が開いた。依頼者のササベは、ぱっと見たところ赤ん坊を抱いては居なかった。ただリュックサックを背負っていたが、赤ん坊が入るような大きさではない。


「どうも、二年のササベです」


そういって頭をさげる。僕と同学年のようだが、初対面だ。この学校はとにかく生徒が多く、クラスによって校舎も分かれるから、無理もないと思う。ユヤマも名前を聞いてピンと来ていないところを見ると、顔見知りではないらしい。


「まぁ、入って入って。荷物置いていいよ」

「どうも」


ササベは少し地味な印象さえ受ける、大人しそうな生徒だった。またペコリと会釈して、机の上にリュックサックを置いた。


「えーっと、ササベ? でええかな。俺とミナミは二年やから、タメで」

「あ、うん、分かったよ」

「そんで……娘さん、連れてこおへんかったん?」

「いや、ここに……」


言いながら、ササベはリュックサックのファスナーをジジーッと開け始めた。僕はぎょっとした。本当に鞄に入れているというのだろうか。

が、ササベが取り出したのは赤ん坊ではなかった。カシャン、と音を立てて卓上に置かれたのは、中サイズのケージだった。僕たちはみんな、ケージの中を覗き込んだ。


「え、これって……」


黄土色のふかふかの土の上、もぞもぞと動く、丸い物体。ぴんととがった小さな鼻先。豆粒のような瞳。そして、背中にびっしりとタワシのような毛。


「ハリネズミ、か……?」

「えーっ、かわいい!」


ハギワラさんは穴が開くほどケージの中を覗きこみ、会長が嬉しそうに囃し立てた。


「この子が、ササベの娘なん?」

「うん、そうだよ」


娘を褒められたササベは、満足そうに微笑んだ。


「実の娘って感じではないね」


僕の言葉に、ササベは頷く。


「うん、二年前に動物保護施設から預かったんだ。この子はまだ生まれたてだった。実のお母さんはこの子を生んですぐ亡くなってしまったと聞いて、引き取らずにはいられなかった。それからはずっと一緒だよ」

「なるほどね」


つまり、ササベの一方的な親心でもなく、ハリネズミにとってもササベは育ての親という訳だ。


「それで……この子の名前は?」

「モモだよ」

「モモか、モモ、こっち」


僕は聞いた名前を呼んでみた。応えてその小さな鼻が動いた……気がした。会長も、


「モモ~」

と猫なで声で呼んで、あ、こっちみた、と小さく喜ぶ。

ひとしきり僕たちはハリネズミを観察してた。短い手で体をこすったり、鼻をひくひく動かしている姿はいくら見ていても飽きない。ハギワラさんでさえ、おっ、ちょっと口が見えた、なんて楽しんでいる。


「それで、ササベさんの依頼は……この子とハグがしたい、と」

「そうなんです」


会長がササベに向き直った。途端、ユヤマがうーんと首を傾げる。


「できんこともないんちゃう? ハリネズミの毛って、警戒してない時は尖ってへんて聞いたことある。こう、手でもって……」


ユヤマは両手で何かをすくい上げるようにして、片手で何か撫でつける仕草をした。ハギワラさんがそれをみて、いや、と切り込む。


「撫でてるだけじゃないか?」

「でも、この子にとったら全身ササベの手に包まれる訳ですから、ハグと同じじゃないですか?」

「チューもしようと思えばできるで」

「まぁまぁ、それじゃ依頼した理由にならないよ。ササベさんにとったら、それじゃハグにならないんだね?」

「はい……そうですね」


ササベは少し俯いて、気まずそうに首の後ろを掻いた。


「最近、『アイコイ』を見て……知ってます?」

「え、俺観てたで、最終回泣いたわ」

多分、実際には泣いていないだろう」

「ほんと?」

「私も全部は観ていないけど、最終回は観たよ。話題だったからね」

「タイトルしか知らんな」


『アイコイ』は最近ヒットした恋愛ドラマだった。僕は真剣に観てはいないが、父が熱心に観ているのを横から見ていた。幼馴染同士の恋愛を描いたストーリーで、ありきたりではあるが、その飾らない素朴なストーリーが逆に視聴者にウケたらしい。最終回の視聴率はドラマ史に残る数字を叩きだした、と父が語っていた。


 「最終回のハグのシーン、覚えてる?」

「あぁ、公園のやつやろ? 二人が出会った場所やんな? ちっさい公園ていうのがまたええよな」

「そうそう、それです」


幼馴染同士のメロドラマらしい結末だ。ファンには悪いが本当にベタなストーリーだなあと思う。ファンには号泣必至の伝説シーンだったらしく、後日のエンタメニュースでは何度もそのシーンが放送されていた。二人がいつまでもいつまでもハグをするシーンは、長い尺が使われていた。


「あのシーンを観て、愛する人とハグをするのって、素敵だなあと思ってしまって……」


ササベは照れ笑いして続ける。


「僕が一番愛しているのは、この子です。二年間一緒に居ます。ご飯を食べる時も、寝る時も一緒なんです。この子と全身を使ってハグするなんて考えたこともなかったけれど……あのシーンを観てたら、それができないことが猛烈に悲しくなってしまって。僕も、この子と体温を分かち合うようなハグがしてみたい……」

「あぁ……それじゃ撫でるだけじゃだめだね」


会長が肩をすくめる。


「いや、しかし難題だぞ」


ハギワラさんが眉を潜めた。ササベはそうですよね、と力なく笑った。


「正直、生徒会に依頼したところで、実現するとは思っていません。魔法使いがこの子を人間にでもしてくれない限り、実現しませんから。ただ、その悲しさと言うか、やりきれない気持ちを、誰かに聞いてほしかっただけなんです」


ササベの言葉に、その場に少しセンチメンタルな空気が漂った。僕たちは無意識に、お互いの顔を伺った。思い切りの良いユヤマが、


「まぁ、確かに魔法使いにはなられへんなあ」


と苦笑いする。ところがすかさず、


「そう決めつけるのも早いだろ」


とハギワラさんが割って入った。意外だったので、僕は思わずハギワラさんを見る。ハギワラさん自身も、やってしまったとでも言うように目を見開いて一瞬固まる。しかしすぐに言葉を続けた。


「引き受けたからには、はいそうですかと断るのも阿保らしいぞ。気難しい思春期の娘でも連れて来られたらどう扱うかと緊張した時間が無駄だ」

「そうだよ!」


加勢したのは会長だ。


「人間に変えられることはできなくても、せめて、二人がドラマのワンシーンみたいに、お互いの愛を確かめ合えるような体験ができるかもしれない。考える価値はある。ササベさん、私たちに考える時間をくれる?」


ササベは思わぬ展開にきょとんとしたあと、会長のやる気を受け取って、


「ありがとうございます」


と照れくさそうに笑った。

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