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パフェ・オ・ブルーハワイ  作者: 三井葉
プロローグ
2/24

プロローグ -2

 この学校で、僕を知っている人は誰一人として居ない。転校初日と言えば、先生が僕を教室に案内して、『今日は転校生が来ています』という先生の合図の後、教室に足を踏み入れる。そんな風に始まるものだと思っていた。しばらくはクラスメイトから好奇の視線を向けられるけれど、そのうち一人、また一人と物好きが僕の席に寄ってきて、少し話をすればお互いの警戒が解けていく。ホットコーヒーに放り入れられた一つの角砂糖のように、教室の隅っこから、徐々にみんなと打ち解けていく。それこそが、よそ者からクラスメイトに昇格する順当なプロセスではないだろうか。

 しかし、僕が先生に案内されたのは体育館だった。それも裏口から入るように促され、舞台袖に通された。体育館では春の始業式が行われている最中だ。つまり僕はあの壇上で、全校生徒の前で自己紹介をしなければならない。

 すっかり委縮してしまった僕は臙脂色の分厚い幕の間に身を潜め、壇上で話す生徒会長の横顔を眺めていた。生徒会長の演説の後、僕の紹介があるということである。


 生徒会長は声こそ大きくはないが、持ち前のよく通る声で全校生徒の注意を引き付けていた。僕も彼の話に自然と意識が向いて、しばしの間緊張を忘れた。


「みなさん、人前で歌うことは好きですか。私はあまり好きではないです。サンハイって合唱を始めるとき、誰が最初に歌いだすか、という無言の駆け引きを感じませんか。でも、音楽は好きなんです。好きな曲の、イントロのドラムを聞いただけで歌いだしたくなります。

だから先日の合唱コンクール……2年A組の優勝には納得しました。伴奏を原曲に合わせてドラムとアコースティックギターにしてしまうなんて、素晴らしいアイデアですよね。聞いている私も、自然とハミングしてしまいそうでした。アイデアを出したのはクニサキさんだそうです。フォークソング部の部長ならではのアイデアですね。優勝した2年A組のみなさん、おめでとうございます」


 生徒会長が拍手した。僕は『フォークソング部』なんてニッチなジャンルの部活があるんだなあと考えていた。その間に生徒がパラパラと拍手を始め、全校生徒に拍手の輪が広がっていく。拍手の音がしぼんでいき、完全に静まったタイミングで、生徒会長は話を再開した。


「さて、みなさん。前回の演説の、私の予言を覚えていますか。そう、『もうすぐ転校生が来る』いう予言です」


 生徒会長の言葉に、僕は我に返り、緊張で胸がきゅっと締まった。途端に生徒は騒つき始めた。嵐の前の草原のようだと思った。僕はきっと歓迎されないという気がした。


「みなさん、私の予言は当たらないのが常と思っているのでしょうが……今回ばかりは違います。私は今回自信があったので、書記係のハギワラさんとナポリタンパンを賭けています。クールなハギワラさんが地団太踏んで悔しがる姿を見るのが楽しみです」


 生徒会長の言葉に、クスクスと笑い声が起こった。同時に、背後の舞台裏から声がした。


「先輩、まじすか」

「まじだ」


 舞台裏には僕の他に何人か生徒が控えていたが、その中に『ハギワラさん』を含む生徒会の面々がいるようだ。


「では、さっそく転校生に登場してもらいましょう。みなさん、拍手で出迎えてくださいね」


 とうとう呼ばれてしまった。生徒会長がこちらを振り返った。目が合うと、促すように頷かれた。

 僕は意を決して、背筋をピンと張り、舞台袖からステージへ足を踏み出した。

 

 僕の自己紹介は、ごく普通でつかみどころのないものだった。覚えていた平凡な台本を口に出して読み上げただけの、味気ない自己紹介。あえてそうした。新しい場所で悪目立ちしたり、第一印象で変なレッテルを張られたりするのは嫌だった。出身地、学年、興味のある部活を淡々と述べた。


「――自己紹介は以上です。みなさん、これからよろしくお願いします。」


 僕が頭を下げると、パラパラと拍手が起こった。拍手の音は少なく思えた。僕が顔を上げると拍手は止んだ。僕は何かまずいことを言っただろうか。肝が冷えた。僕の眼下でならんでいる生徒たちの顔色は悪いようには見えなかった。目が合うと微笑みかけてくれる人もいた。


「ありがとう、ミナミさん。私たちは君を歓迎します」


 僕のすぐ斜め後ろで控えていた生徒会長が、手持ちのマイク越しに僕に言った。僕は小さく会釈した。生徒会長は全校生徒に向き直った。


「みんなの反応を察するに――ミナミさんの自己紹介は少し物足りなかった?」


 生徒会長の言葉に、生徒の一部がコクコクと頷いた。確かに、物足りないといえば物足りないかもしれないが、全校生徒の前でする自己紹介として、僕の自己紹介は一般的だと思っていた。僕について詳しく知るのは、僕とたまたま友人になった人だけでいいと思う。全校生徒に僕の詳細なプロフィールを共有する必要はあるだろうか? 僕はマイクを握りしめたまま、困って口を閉ざしてしまった。すると、生徒会長が続けた。


「うんうん、そうしたら、質疑応答の時間を十分に取ります」


 僕はぎょっとした。形式的な自己紹介の場で質疑応答の時間が取られるとは思っていなかった。生徒たちはまたコクコク頷いて、何やら楽しそうに周りとヒソヒソ話をする者もいた。さらに生徒会長は続ける。


「皆さん、質疑応答の時間の前に、言いたいことがあります。大事なことなのでよく聞いてください」


 生徒会長の言葉に、生徒たちはヒソヒソ話をやめて壇上の生徒会長を見つめた。僕はこの変わった生徒会長が何を言い出すのかハラハラして聞いていた。全校生徒が見つめる中、生徒会長は僕の予感通り変わったことを言った。


「私はミナミさんに、副生徒会長になってほしいと考えています」


 どういうことだ?

 僕は一瞬、生徒会長の言葉を理解できなかった。僕が理解する前に、生徒会長は続ける。


「一週間後、みなさんには投票でその是非を判断してほしいと考えています。なので、ミナミさんについて聞きたいことがあれば今のうちに聞いてください」


 全校生徒はまた嵐の始まりのようにざわついた。僕は今すぐ生徒会長からマイクを奪って『何をいっているんですか』と言いたかった。しかし反論の一つも出なかった。ここで生徒会長と口論になったら、僕は『転校初日に生徒会長とバトルしたやつ』というレッテルが貼られてしまう。僕は目を見開いて生徒会長の横顔を見つめることしかできなかった。

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