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パフェ・オ・ブルーハワイ  作者: 三井葉
パーフェクト・スノー・ホワイト
15/24

パーフェクト・スノー・ホワイト -10

 劇はとうとう、僕らが大きく変更を加えたシーンへと移った。僕は大まかなストーリーを提案しただけだから、細かい脚本はここで初めて観ることになる。

義理の娘を追い出した王女だが、いざ居なくなると娘が恋しくなり、鏡に問いかける。


『鏡よ鏡、白雪姫の様子はどうだい?』

『……なんと! 見知らぬ人の家で家事を! 少し様子を見に行こうかしらね。別に寂しくなった訳ではないのよ。本当よ……』


 王女はいい具合に天邪鬼だ。


『おやッ、白雪姫ったら欠伸をしているじゃないか。どうせロクに眠っていやしない。昔から無理をする子だったからねぇ……仕方ない、ここは一つ手を打ってやろう』


白雪姫との対面が気まずい王女は、魔法で自分の見た目を極端に老けさせ、白雪姫がしっかり休めるよう、眠り薬の塗られたりんごを白雪姫に持っていくことにした。

年寄りに化けた王女は、白雪姫との再開を果たす。


『おじょうさん、このリンゴを味見してごらん。甘くて美味しいよ』

『まぁ! ありがとう』


真っ赤なリンゴを、白雪姫が小さな口で一口かじる。飲み込んだ途端、白雪姫はふらふらよろめいてバタリとその場に眠り込んでしまった。


『こんなに効果があるとはね……さて、ベッドにでも寝かせてやって……』


その時、軽快な音楽とともに、小人たちが仕事から帰ってくる。焦った王女は陰に隠れて様子を見る。床に倒れた白雪姫を小人の一人が見つけた。ここからはドタバタ喜劇だ。

パニックになった小人たちは白雪姫を助ける術はないかとあちこち走り回る。一人の小人が王女を見つける。


『おいお前! 白雪姫に何をした!』

『ななな何もしちゃいないさ、一度は殺そうとしたが今日はそんなつもりは』

『殺しただって!』


怒り狂う小人たちの勢いに押され、王女はすたこらさっさと逃げようとする。王女が駆けて舞台袖にはけようとしたその時、


 「ちがーう!」


と、高い声が言った。静かな観客席に声が響き、みんな声の方を向いた。最前列の園児が、びしっと舞台を指さして叫んでいた。


「こらっ、静かに……」

「ちがーう」


慌てて先生と思われる人が駆け寄ったが、今度は別の園児が便乗して言った。

こうして、『違う』の輪が広がってしまった。


ちがうよね、ちがうちがう、えほんのとちがうもん。


ヒソヒソ声が園児の中で拡大し、収集がつかなくなってしまった。さらに数人の先生が園児たちに「しーっ」と言って回るが焼け石に水だ。

こうなると、舞台上で演技を続けていた生徒も無視して進行することは出来なくなってしまった。動きを止め、困ったように顔を見合わせる。劇は完全に中断してしまった。

僕は愕然とした。子どもは残酷だ。良いことも、悪いことも、浮かんだ言葉は口に出してしまう。きっと最初の園児も悪気はなかっただろう。ただ、劇の『間違い』を親切に正したかったのかもしれない。

僕は会長達の方を見た。会長はハンカチを握りしめて舞台をじっと見ている。涙さえ止まっていた。

その時、舞台上で倒れていた白雪姫、もといクシロがむくりと起き上がった。小人役は芝居をやめて、一部はヒソヒソと相談している状態だ。芝居も続けて居られなくなったのだろうか。

最初に「違う」と言い出した園児はじっとクシロを見ている。クシロはというと、変わらぬ微笑みで園児と対峙していた。客と他の演者は、息を飲んで両者を見つめる。


「あなたの知ってる白雪姫は、私ではないのね」

「ちがう!」


ゆったりと語りかけるクシロを、園児がはねつけた。クシロはまだ、演じきるつもりだ。


「きっとあなたが会った白雪姫は、私とは別の世界の白雪姫ね。知ってる? 白雪姫は、一人ではないの」


クシロは、腰を落とし、園児と目線を合わせた。


「安心して。あなたの白雪姫も、きっと、どこかにいるわ」


上手だ、と思った。園児の言うことを否定せず、なんとか芝居を続けられている。

しかし、園児の反応は僕の期待したものと違った。


「違うもん……」


園児の震えた声が、会場に響いた。クシロのピンマイクが、園児の声を拾って音を拡張させている。すると、隣に居た幼稚園の先生が、園児に声をかけた。


「違わないの。シラユキさん、みんなの邪魔しちゃだめでしょ」

「でも、でもぉ」


なんと、園児の名前は『シラユキ』と言うらしかった。


「わたし、シラユキ姫に、なるもん……」


園児は小さな拳をぎゅっと握りしめて俯いた。自分と同じ名前の『白雪姫』を、絵本で見た小さな『シラユキ』は、どう思っただろう。自分は大きくなったら、白雪姫のようになると憧れたに違いない。

クシロは、俯いた園児を見て初めて微笑みを崩した。眉が下がり、言葉を詰まらせている。一人も泣かせたくない、と確かにクシロは言っていた。そのために変えた脚本だ。


「わたしじゃ、ダメなの……?」


絞り出すようなシラユキの声。その時だった。


「はいっ! ダメじゃないと思いますっ!」


シラユキの少し後ろ、はつらつとした声が響き渡った。一人の園児が、小さな指をピンと伸ばして挙手している。シラユキを含め、その場全員が、その園児に注目した。その園児は、注目されていることなど気にも留めず、丸い瞳でしっかりとシラユキを見据えてこう言った。


「ぼくはシラユキがすき!」


その子がどういう意味でそう言ったかは分からない。クシロよりも、絵本よりも、シラユキが白雪姫に相応しいという意味か、それとも幼いながらの恋心を告白したのか、ただシラユキを元気づけたかったのか。そして、シラユキがどう受け止めたかは分からない。ただ、シラユキは丸い目をさらに丸くして、はっとした表情をしたあと、ゆっくりとその言葉を全身に受け止め、頬を緩めた。照れくさそうに、笑って、


「ありがと」


と言った。それ以上は何を言えば良いのか分からないという感じで、先生の方を見た。先生はシラユキをそれとなく座るように促し、シラユキは大人しく座った。シラユキのことも、クシロのことも救った園児はというと、周りに注目されていることをやっと意識して、素早く着席した。


 涙が流れることは無かったが、劇は中断したままだ。小人たちは狼狽えた高校生に戻り、 白雪姫は目を覚まして起き上がってしまった。ここはクシロが機転を効かせた。


「白雪姫、『私の』物語の続きを見てくれるかしら?」


 シラユキにそう言ったのだ。シラユキがこくりと頷いたのを見て、クシロは、ありがとう、と上品に頭を下げた。

 そして、舞台裏に目配せした。すると幕が一度スルスルと閉じた。一度舞台を整える必要があるのだろう。

ほどなくして、物語は魔女が立ち去った直後から再開された。

 白雪姫が死んだと勘違いしててんやわんやする小人たち。あれよあれよと白雪姫は棺桶に入れられ、お葬式が始まる。

 通りかかった王子様が小人たちに事情を聞いて、棺桶の中の白雪姫を覗き込む。

 王子様はすぐに白雪姫が死んでいないと気づいたが……以前から白雪姫に惚れていた王子様は、チャンスと踏んでキスをしてしまう。

 ぱっちり目を覚ました白雪姫はなんと、王子様の鼻をぎゅっと掴んで怒った。


『人が寝ている隙にキスするなんて!……次はもっとロマンチックにしてください、ね?』


 白雪姫は満更でもない。

 この辺は、演劇部とクシロの脚本だ。園児たちから、時折クスクスとおかしそうな笑い声が聞こえた。

 こうして、クシロ版「白雪姫」は、拍手喝采の中幕を閉じた。

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