パーフェクト・スノー・ホワイト -6
放課後、僕らは小体育館に集まった。校内には体育館が三つあるが、その中でも一番小規模な体育館を会長が貸し切った。わざわざ体育館を貸し切らなくても教室でいいじゃないか、と思ったが会長曰く練習は本番通りのシミュレーションをすることが成功のカギらしい。もっともらしいことを言っているが小さなステージの上で僕たちがあたふたと試行錯誤する様子を楽しみたいだけだと思う。
さて、僕らはアイデアを順番に試してみることにした。会長がクシロに頼んで、クシロは白雪姫の衣装を着て、おばあさんに化けた魔女の黒いマントの衣装を持参してもらっていた。
「それじゃあ順番にアイデアを試して行こう。まずは私から。次にハギワラ、ミナミくん、最後にユヤマくん」
「えー俺最後なん?」
ユヤマがにやにやして言う。当たり前だろ、とハギワラさんがぼやいた。僕は心の中で会長に感謝した。
「クシロさん、早速ステージにあがって。おっと、魔女の衣装は私に。毒リンゴを食べるシーンを一緒にやってほしい。いつも通りの演技でいいからね」
「はい、よろしくお願いします!」
クシロは黒いマントを会長に渡すと小走りでステージに駆けていった。事前にアイデアの内容を共有することもせず、一人一人アイデアを試して行く。これも会長の方針だった。僕はクシロを実験台にしているようで嫌だったが、クシロ本人は意外と乗り気なようだ。
テイクワン。白雪姫、クシロ。魔女、会長。アクション。
黒いマントを頭からかぶった会長が、へっぴり腰で舞台中央の白雪姫に歩み寄る。手には赤いリンゴ。レプリカではなく、本物だ。舞台セットのない簡素な舞台で、二人の寸劇がはじまった。僕、ハギワラさん、ユヤマは舞台下から見守る。
「お嬢さん、リンゴはいらんかね……」
しゃがれた声で言う会長。おばあさんの真似が上手い。
「まぁ! なんて綺麗なりんご!」
手を合わせて喜ぶ白雪姫。こちらまで微笑んでしまいそうな、無垢な笑顔だ。
「ちょうどアップルパイを作ろうと思っていたところなの。おいくらかしら?」
「可愛いお嬢さんになら、お代は頂かないよ。その代わり……」
「その代わり?」
子どもらしく、キョトンとする白雪姫。
「この場で味見しておくれ。ちゃあんと熟しているか確認してから他のリンゴを売りに行きたいのさ……」
「わかったわ」
快諾する白雪姫。マントの裏で魔女の口角が上がった。
「さぁ、早く!」
魔女の腕が、真っ赤なリンゴをずいと白雪姫に押し付ける。リンゴは光を反射させて、真っ赤な輝きを放っている。……赤すぎるくらいだ。
白雪姫はリンゴを受け取った。華奢な手でリンゴを包み込み、小さく口を開けると、リンゴを自分の口元へ寄せた……。
「ちょっと待って!」
止めたのは僕だ。隣でハギワラさんとユヤマがぎょっとする。でも、もう遅かった。嫌な予感がする。真っ赤なリンゴは一口分、白い中身をあらわにしていた。
白雪姫はカッと目を見開いた。手元から食べかけのリンゴが零れ落ち、ステージに転がる。そして白雪姫は、
「げほっ!」
低いで声で咳をして、がくっと膝をつく。
「ゴホッ、な、なんだか……変な、きぶ……ゲホッゴホッ…ヴェッホン…!」
「セリフ言えてないやん」
痰でも吐きそうな勢いでむせる白雪姫に、ユヤマが若干引いている。
僕はクシロに駆け寄って側にしゃがんだ。クシロの潤んだ瞳が僕を見上げる。薔薇色の唇が言った。
「……からい……」
「え?」
クシロの唇は薔薇色どころではなく赤く腫れあがっている。黒マントの中で会長の口角が上がった。
「くっくっく……特製のハバネロ塗りリンゴじゃよ」
「人の心無いんですか?」
「鬼だな」
「小学生レベルですわ」
生徒会メンバーから非難の嵐を受け、会長は静かにマントを取り、背筋をしゃんとした。
「クシロさん、すみませんでした」
会長は深々と頭を下げて謝罪した。
「もう早く水買ってきてください」
「ハイ」
僕が睨み上げると、会長は踵を返して走り去った。居心地悪そうにステージを降り、体育館を走る黒マントがどんどん小さくなっていく姿は、童話の最後で悪者が走り去る姿に相応しく、滑稽だった。
テイクワン。カット。
テイクツー。白雪姫、クシロ。魔女、ハギワラさん。アクション。
「お嬢さん、リンゴはいらんかね?」
声を潜めて、マントを着たハギワラさんが言う。
「ちょうどアップルパイを作ろうと思っていたところなの。おいくらかしら?」
「可愛いお嬢さんになら、お代は頂かないよ。その代わり……」
「その代わり?」
子どもらしく、キョトンとする白雪姫。
「この場で味見しておくれ。ちゃあんと熟しているか確認してから他のリンゴを売りに行きたいのさ」
「わかったわ」
快諾する白雪姫。マントの裏で魔女の口角が上がった。
「さぁ、早く!」
魔女の腕が、真っ赤なリンゴをずいと白雪姫に押し付ける。リンゴは光を反射させて、真っ赤な輝きを放っている。……うん、大丈夫、今度こそ不自然な色ではない。
白雪姫はリンゴを受け取った。華奢な手でリンゴを包み込み、小さく口を開けると、リンゴを自分の口元へ寄せ、一口かじった。
「……美味しいわ」
白雪姫はそのままリンゴを咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。そしてもう一口かじる。またもぐもぐと咀嚼して、飲み込む。
「倒れてくれ」
とひそひそ声で魔女が言った。ハッキリとは聞こえなかったが、目と口の動きがそう言っている。
「でも私観客にウソは……」
「頼む、ウソにはならない」
「でも……」
「いいから!」
躊躇っていた白雪姫だが、魔女の歎願に押し負けて、バタリ、とその場に転げた。手から零れ落ちたリンゴはもう半分ほど食べてしまっている。もう劇としては大分破綻しているが、僕らは静かに見守る。会長だけが口元に手を当て、ぷるぷる振るえて笑いをこらえている。いや、あなたは笑う資格ないですよ。
魔女は白雪姫が倒れたことを確認すると、素早い動きで白雪姫に近づき、袂から何か取り出した。長い筒なようなそれを魔女はくるくる広げた。大きな白い画用紙だ。広げ切ると、白雪姫の体に立てかけるように置いた。でかでかと文字が書いてある。
『安心してください。本当は死んでません』
文字が観客に見えるように置く間、なんとも気まずい時間が流れた。画用紙の設置を完了させた魔女は、何事もなかったかのように元のポジションに戻り、
「かかったなァ! 白雪姫!」
と吐き捨てるやいなや、黒マントをはためかせて壇上を去った。
「いや、勢いで誤魔化しきれへんて」
ユヤマが呟く。会長は耐え切れず噴き出した。
テイクツー。カット。
舞台を降りたハギワラさんはそのまま僕らの方へ来て、
「……どうだ?」
と僕らの意見を伺った。
「傑作だよ!」
「めっっちゃダサかったですわ」
「えーっと、そうですね……ダサかったです」
僕らの意見を聞いたハギワラさんは嘆息し、指をこめかみに当てた。
「これ以外、あるのか……?」
壇上では、大きな画用紙を押しのけてクシロがむくりと起き上がった。クシロは僕たちのところへとぼとぼ戻ってきた。
「ごめんなさい、難しい依頼をしてしまって」
目を伏せて、申し訳なさそうに言う。
「いいんだよ」
即座に言ったのは僕だ。言ってから、正式なメンバーでもないのに生徒会を代表するようなことを言ってしまったと思った。自分の発言を後悔した訳ではないが、他のメンバーの顔色が気になってしまった。
「そう、全く問題ないよ」
会長の言葉にほっとする。会長が続ける。
「これが僕たちの活動なんだ。演劇部が演劇をするのと同じだよ。それに、確かに君の依頼は難しいけど、いままであった依頼と比較すれば無茶ぶりじゃない。そうだよね?」
会長がハギワラさんに目くばせする。
「まぁそうだな」
「そうですね」
ハギワラさんとユヤマも同意した。今までにどんな無理難題があったと言うのだろうか。同時に、僕はハギワラさんとユヤマはなぜ生徒会に入ったのだろうという疑問が湧きあがった。正直、二人は他人に興味が無さそうに見える。これまで、他人のために無理難題に付き合ったというのなら、ちょっと不思議だ。
クシロは僕らの反応を見て、
「ありがとうございます」
と表情を和らげた。
「次はミナミの番やな」
ユヤマが言う。クシロを見るとその目が期待を込めて僕を見た……気がする。僕が決定的な案を出さなければ、ユヤマの案を試すことになってしまう。それだけは避けたい。