プロローグ -1
晩御飯のあと話があるから、といつも見切り発車な父が珍しくアポイントメントを取ってきた。僕は言いつけ通り、夕飯を食べて皿を片づけた後もダイニングテーブルの前に座っていた。父は僕の向かいに座ると、早速数枚の冊子を僕の目の前に広げて見せた。表紙はドローンで撮影された写真だった。広大な緑の敷地の中、四角い建物が点在している。
「『私立第一浮島高等学校』」
父が読み上げた。
「うん」
僕は空返事する。知っている学校だった。自然と、顔が窓の外を向いた。食卓は窓に添えるう位置にあるので、目線さえ動かしてしまえば視界一杯に外の景色が広がる。
僕の家は島の小高い丘の上にある。見下ろせば、この島の街が一望できる。そして街の向こう側には、白い空に溶け込むような海の青が見える。今は霧を被っているが、良く晴れた日には奥の方に諸島を見ることができる。諸島の中でひと際大きい島にあるのが『私立第一浮島高等学校』だ。ここから港へはバスで三十分ほど。さらに学校のある島へ行くには船でさらに二十分はかかるだろう。
僕は視線を冊子に戻した。実際に足を運んだことはないので、家から眺める島という認識だったが、冊子を見る限り設備は充実しているらしい。なにしろ、このあたりで一番大規模な高等学校だ。『第一』と言う通り、『私立第一浮島高等学校』から『私立第四高等学校』まで存在する。ちなみに僕は『第二』『第三』『第四』の入学を断られた。『第一』は学費が高いとのことで志願していない。父が僕の顔を見る。
「二学期から、ここに転入してね」
「ほんとに?」
僕はパンフレットから顔を上げて父の顔を見た。父は安心したようににこりと笑う。
「いや……僕今のまま通信でいいけど」
「とにかく、もう決まったことだから」
こうなると父は考えを曲げない。なぜ『第一』高等学校への入学が許可されたのか。学費の問題はどう解決したのか、そもそも私立高校への転入はあり得るのか。謎が尽きないが、父に説明する気はないと思う。
「それに、若いうちは家以外の居場所も必要ってね」
父が付け足したが、僕は腑に落ちなかった。
「居場所ねえ」
『伊豆の踊り子』の学生は憂鬱から逃れるため旅に出た。
ボードレールは『どこへでもこの世の外なら』と歌った。
僕は本が好きだ。理由はありきたりだ。自分とは違う人間の見たものや心情を追体験できるから。登場人物に共感することもあれば、「そんな人もいるのか」と感じることもあるが、今いる場所を離れて居場所を求める感情は、ぼくにとって後者の代表例だ。
「居場所とか、いちいち見つける必要あるのかなあ」
僕は、今までに出会った居場所を求め彷徨う登場人物たちを思いながら、ぼんやりと呟いた。
「そりゃあんた恵まれてんのよ」
父が苦笑いして言った。