それは躑躅の花色に似て
こんにちは、葵枝燕です。
この作品は、空乃 千尋様とのコラボ企画となっております。空乃様撮影のお写真をお題に、葵枝燕が文章を綴る——題して、[空翔ぶ燕]企画です。企画名は、僭越ながら私が名付け親です。一応、由来があるのですが——長くなると思うので、後書きで披露させてくださいませ(今回第三弾なので、前回までの作品からご覧の方はご存知かと思いますが、はじめましての方もいるかもしれませんので、ご理解のほどよろしくお願いいたします)。
そんなコラボ企画第三弾の今回のお題が、「躑躅(二〇一九年三月二十三日)」です。本文の最後の写真が、お題として提供いただいたものとなっております。
タイトルはシリアスっぽいというか暗めかと思うかもしれませんが、笑える要素が多いかなと個人的には思っているので、どうぞ軽い気持ちでお読みください。
本文最後に、写真が入っております。ぜひ、合わせてお楽しみくださいませ。
「お前、何その髪?」
レンタルスタジオの一室。そのドアを開けて入ってきた人物を見て、俺は思わずそうこぼしていた。ギターを背負ったその人物は、そんな俺を見て、
「反応そんだけ⁉︎」
と、どこか不満そうに口を尖らせた。
「もっとこう、あるだろ⁉︎ 『ツキカくん、どうしたのその髪⁉︎ 何かあったの⁉︎』——的なさぁ!」
妙にきれいな裏声を交えたその発言に、若干イラッとしつつ、俺はその人物——幼馴染みでユニット仲間のツキカを、一通り上から下まで眺めた。
「別に何があってそうしようが、お前の自由だと思うし、俺はどーでもいいけど。これでも、驚いてるんだがな」
「全っ然そう見えねえよ⁉︎ てか、なんなの、オレのことどーでもいいと思ってんの⁉︎ セイちゃん、ひどい!」
顔を覆って泣き真似かますうえにチラッチラッとこちらを見てくるツキカを、うざってえ……と内心思いながら、似合ってはいるんだよなぁと密かに思う。
男にしては長めといえるツキカの髪は、鮮やかな紫紅色に染められていた。確か、先々週会ったときは、金髪に近い茶髪だったはずだ。それも、所謂プリン状態の。染め直すのをサボっているのだと、ツキカ本人が言っていたのだから、その状態になるのは仕方がない。そんなツキカが、なぜそんな鮮やかで以前よりも目立つ髪色にしてきたのか——実は気になっているのだが、別に髪をどうしてこようがツキカの自由で、俺がそれについてどうこう言う権利などないわけで、つまるところ俺はそれを訊くこともしないのである。
それに、だ。
「ほら、やっぱ気になんだろ? しょーがねぇなぁ、セイは。そんなに知りたきゃ、教えてやろう。このツキカくんが、なぜこんな髪色にしてきたのかを!」
放っておいても、向こうから教えてくれるのだ。本当は、話したくて話したくて仕方がないのだ。そういう積極的なところは、ツキカの長所であり短所だ。時には、ただのウザ絡みと化してしまう、諸刃の剣だ。
「お前が話したいだけだろ?」
そう言って、俺は苦笑する。もちろん、そんな俺の態度も、ツキカの語りたいという欲求を折るには足りない。今のツキカは、何があっても、俺に髪色を変えた理由を言いたいのだ。
そしてツキカは、嬉々として、この髪色になった経緯を話し出した。
* * * * *
ほら、オレ、こないだ帰ったじゃん、実家に。あれな、ばっちゃんが倒れたって電話あったからなんだわ。秋穂ばっちゃん——お前も憶えてるだろ? ……そうそう! オレのお袋のお袋な。煙草吸えないのに煙草屋してた、あの秋穂ばっちゃんだよ。元気だと思っても——いや、実際元気すぎるくらい元気なんだけどよ、もう九十も後半だもんな。色々ガタがくるんかもしれんなぁ。
でな、そのばっちゃんがな、布団の中で言うんだよ。「最期に、躑躅の花が見たい」って。でもさ、ないんだよ、ウチに躑躅なんて。じっちゃんが育ててた躑躅の鉢植え、かなりたくさんあったんだけど、じっちゃんが死んだ後、ばっちゃんがぜーんぶ近所の人とかにあげちゃったんだよ。「見えるところにあると、思い出してつらい」とかなんとか言ってさ。なのに、「躑躅の花が見たい」だぜ? 意味わかんねぇよな。しかも、「紫がかったピンクみたいなのがいい」って注文までつけるしよ。
親父も、お袋も、キリ姉も、タカ兄も、マヤ姉も、オレも、その場にいたみーんなが黙っちまってさ。そしたらな、突然マヤ姉が立ち上がってさ、「ツキ、あんた、ちょっと来な」って言うわけ。なんか妙に迫力あるっつーか、こわい声でさ。ただでさえ、マヤ姉はおっかねえ感じなのに、もうめちゃこわって感じでさ。そろーっとついてくしかないじゃん?
ほいで、廊下に出たとこで、マヤ姉がいきなり「あんたの髪、ちょっと貸しな。異議は認めない」って言うんだよ。意味わかんねぇだろ? 「は?」って言ったら、「安心しな。悪いようにはしないから」とか言って、風呂場に連れてかれたんだよ。そこで、なぜか目隠しされて——そしたらまぁ眠くなるじゃんか。
で、次に目を覚ました——というか、マヤ姉に叩き起こされたときには、この髪になってたんだよ。で、思い出したわけ。そういえばマヤ姉、美容師だったんだよな。……え? ツッコミどころそこじゃない? いやでもさ、見てよこれ。すんげえツヤツヤだしさ、むしろ前より断然アリだろ? ……まぁ、マヤ姉に怒鳴られたけどな。「手入れがなってない!」って。「アタシというプロがいるんだから、頼るとかしろっての。ま、対価はもらうけど」なんて、ちゃっかりしてるよなぁ、ほんと。
* * * * *
ここまで語ってから、ツキカは、どこかうっとりと、ここではないどこかを見つめていた。
「ほいで?」
「ん?」
髪を染めた経緯はわかった。だが、なぜこの色なのかは——まぁ大体察しはつくが、完全にわかったわけではなかったのだ。
「『ん?』——じゃねぇだろ。何でその色なのか、肝心なとこがわかってねーよ」
「あれ? そうなん?」
キョトンとした顔で言うツキカに、やはりイラッとする。それが似合ってしまうのが、さらにイラッとする。……もちろん、本人には言わないが。
「ほら、似てるだろ?」
「何がだよ。主語抜かすな」
「ばっちゃんが所望してた躑躅に、さ」
それは、予想どおりの答えだった。あらためて言われてみればなるほど、紫紅色に染められた今のツキカの髪は、春を彩る躑躅の花色に似ている気がした。さすが茉弥美さんだ、再現度と完成度が高い。
「そうだな。で、それ見た秋穂ばあちゃんの反応は?」
「驚きすぎて元気になった。一応、『似合っとる』って褒めてくれたぜ」
「それはよかった」
数時間後に顔を合わせた孫が、突然こんな髪色になって現れたら——俺なら、驚きすぎて気絶するかもしれない。でも、相手がツキカなら、俺も「似合ってる」と称賛するかもしれない。
「で?」
「は?」
ツキカが、何かを待ち望んでいるかのように目をキラキラと輝かせて俺を見ている。気持ち悪いし、いやな予感がした。
「セイはどう思う? オレの今の髪」
いやな予感的中。多分、いや、絶対、こいつは俺にも褒めてほしいのだ。それも、カタチばかりの薄っぺらなモノではなく、俺の言葉でちゃんとしたモノがほしいのだ。
似合ってるとは思う。それを伝えたいとも思う。でも、どうやってもそれは、薄っぺらなモノにしかならない気がする。そんな板挟みの中で、俺にできることはひとつだけだった。
ニヤリと、不敵に見えるように笑う。
「絶対言わねぇ」
「セイちゃん意地悪!」
不満そうに言うツキカが、どこか嬉しそうに見えるのは、俺の気の所為だろうか。
「それよりほら、早く練習しようぜ。お前忘れてるかもしれんけど、本番来週だからな? 気合い入れてけよ?」
「わーってるよ! セイこそ、トチるなよ」
マイクの高さと角度を調整したツキカがギターを構え、俺はキーボードに手を乗せる。どちらからともなく視線を交わし、一度頷く。
ツキカと俺、二人の手が、それぞれに音を紡ぎ出した。
『それは躑躅の花色に似て』のご高覧、ありがとうございます。
さて。ここから色々語りたいので、お付き合いのほどを。多分、長くなります。
前書きでも書きましたが、この作品はコラボ企画です。名付けて、[空翔ぶ燕]企画。「空」=空乃様から一文字拝借、「翔ぶ」=お題から想像力膨らませて文章書くイメージ(「翔」という字には、「とぶ」の他「めぐる」や「さまよう」という意味もあるそうで、その意味も含めて「翔ぶ」を採用しました)、「燕」=葵枝燕から一文字——そんな由来で生まれた企画名です。
そんな今回のお題は、「躑躅(二〇一九年三月二十三日)」でした。本文最後の写真が、お題となったものです。
さぁ……というわけで、ここからは登場人物について語ります。長くなりますので、ご了承ください。
まずは、語り手のセイちゃんさんから。幼馴染みのツキカさんとユニットを組む男性で、担当はキーボードです。基本的に表情が乏しいというか変わらないので、驚いていたりしても伝わりにくいところがあります。ちなみに、フルネームは、小角星記さんです。個人的に「セイキ」というのが言いづらいので、ユニット活動時は「セイ」と名乗っています。
次に、ツキカさん。セイちゃんさんの幼馴染みで、一緒にユニットを組んでいる男性です。ギター兼ヴォーカル担当で、セイちゃんさん曰く「超絶美麗高音の持主」です。ある日、突然に髪を紫紅色に染めてきます。基本的に明るく積極的な性格です。時にウザ絡みするほどのかまってちゃんなのは——末っ子だからでしょうか(意識してなかったのですが、ここでも私を投影してしまったようです)。さて、ユニット活動時の名前が「ツキカ」と思われるかもしれませんが、実は本名です。「月芳」と書いて「ツキ-カ」と読みます。フルネームは、木皿月芳さんです。我ながらかっこいい名前だと思っており、カタカナ表記にしてそのまま使っています。
星記と月芳——誕生したのはツキカさんのが先だったのですが、対応する名前にしたくて、主人公に「星」の字を付けました。
それから、メインではありませんが、ツキカさんのお祖母ちゃんである秋穂さんについても語りたいと思います。名前が表すように、秋生まれ、そして、実家はお米農家で、幼い頃からお米を食べ続け、それに飽きることはなく、今もお米がだいすき——という設定がありました。お米がすきなのは、私を投影したんでしょうね。九十後半になっても元気なのは、母方の曽祖母がそうだったからでしょうか。
前回までは、写真の世界にそのままいるようなお話だったと思っているのですが、今回は写真から発想を飛ばしてみた感じです。いや、飛躍しすぎたかもしれません。ふっと浮かんできたアイディアを、そのまま文章にしてみました。ツキカさんの髪色のモデルは、今人気の二人組のお笑い芸人さんの一人であるKさんだったりします。
さて。これで語りたいことは語れたでしょうか。何か忘れてる気がしなくもないですが……思い出したら書きたいと思います。
最後に。
空乃 千尋様。今回も、ステキなお題をありがとうございます! 今回も、拙く至らない点もあったかと思いますが、色々相談に乗ってくださり、ありがとうございます! 次のコラボもできますように。それから、いつもありがとうございます!
そして。ご高覧くださった読者の皆様にも最大級の感謝を。もしご感想などをTwitterにて報告される際は、ぜひ「#空翔ぶ燕」を付けて呟いてくださいませ。
拙作を読んでくださり、ありがとうございました!