ジグザグ4
温かい椿の匂いで目が覚める。
昨夜は飲みすぎた。少し頭が重い。人肌の温もりがあたたかい。ぽかぽかしている。あたしはフワフワ、フワフワ。横でスゥスゥと寝息を立てているケイコの肩に顎を乗せた。短くカットしたケイコの髪は椿の匂いがした。
日曜日のお昼過ぎ。シーツから抜け出すと少し肌寒い。手早く着替えて顔を洗いに洗面台へと向かう。
部屋の片隅に作ったあたしのスペース。たったそれだけでケイコのきれいで殺風景な部屋が穢く汚れてしまったみたいに思えてくる。
顔を洗ってベッドルームを覗いてみると、ケイコはシーツを抱いてまだ夢の中。日曜日は朝が遅いと言っていたケイコの寝顔は仕事で見る凛々しい顔とちがってとてもきれい。しばらくそれを見てたら、あたしのお腹が小さな悲鳴をあげた。
「おはよう」
フライパンと格闘してたら目を擦りながらケイコが起きてきた。寝癖がピンと跳ねている。
「待っててね。いま美味しいゴハン作るから」
そう言ったらケイコが微笑った。包帯を巻いた手首が痛くて千切りに成らなかったちょっと太いキャベツと目玉焼き。タコさんウインナー。昨日買っておいたベーカリーのコーンブレッド。インスタントのコーンスープ。着替えを済ませたケイコに声を掛けたらお皿を運ぶのを手伝ってくれた。料理を床に並べる。お皿を床に並べるって何か変だよね。今日はあとで買い物に行こう。ケイコが反対してもあたしが文明的な生活を送る上でテーブルは絶対に必要だし。
「随分、豪華な朝食ね」
「お昼過ぎよ、もう」
「キャベツ太い」
「手が痛いんだもん。しょうがないじゃない。でもホラ、ウインナーはタコさんだよ」
ケイコが笑った。
小学校のとき、持ってくお弁当にはいつもタコさんウインナーが入っていた。蓋を開けるとウインナーのタコさんがいると嬉しかった。だから学校給食に変わったとき、少し寂しかったんだ。ケイコがタコさんウインナーを口に入れるのをあたしはジィっと見ていたら「あんたも見てないで食べなよ」って。見てるの楽しいんだもん。あたしは食べてるのをママに見られるのが嫌だった。でも、あたしはあたしが作った料理を食べてくれる人を見るのが好き。ママもこんな気持ちだったのかな。
ケイコはシャワーを浴びたら美容院に行くと言っていた。あたしには病院へ行けって。それもそうね、だって明日会社、行けそうもないし。クズを殴った名誉の負傷じゃ、労災は下りそうにないけど。
バスルームから聴こえるシャワーの音を背にあたしは部屋を出た。教えてもらった近所の病院へと向かう。少しだけ重そうな雲。でもお日様は明るい。風がぴゅぅと吹いた。