ジグザグ2
赤ぁく咲いた梅の花が、ピンクの桜になったのは二ヶ月少し前のこと。今はすっかり緑になって、赤ぁく腫れたのはあたしの手首だけになった。そんな緑の、桜並木の商店街で薬局にスーパーとハシゴする。
近くにあった公園のベンチで買ったばかりの湿布と包帯を右手首に巻き付ける。
「ボクサーみたい」
包帯のバンデージを巻いた右の拳を空に向かってパンチした。無駄に手首が痛くなっただけ。無性に痛くて涙が滲んだ。
馬鹿だった。今日の夕飯は最悪。だってスーパーで買ってきた鮭と明太子のお弁当。右手が痛くて箸が持てない。割りばし割るのも大変だったけど、まさか食べるのはもっと大変だなんてあんまりだ。
「テーブルくらい買えよお」
お弁当とあたしの口までの距離はアイツと今のあたしよりも遠く思えた。床の上の鮭と明太子のお弁当は初心者サウスポーを嘲笑うかのようだ。摘まんだオカズもお米も口に運ぶ前に大抵が元来た場所へと溢れ帰っていく。残念なことに今夜の試合は敗色濃厚だ。日本人としては些か不本意ではあるが、背に腹は代えられないとはこういうときの事を言うんだなと実感する。
あたしはキッチンへとスプーンを取りに旅立った。
「起こしちゃったかな」
「大丈夫。昨日は早く寝ちゃったから」
仕事から帰って来たケイコからはお酒の匂いとタバコの臭いがした。あたしはケイコの匂いのするベッドから顔だけを出して小さな本棚の上に置かれた目覚まし時計を見る。小さい針が四を指していた。
「そんで、どうするの」
「んー。まだ考えてないなあ」
「そっか。まあ、良いけどね。どうせ寝るだけの部屋だし、あんた一人くらい居たってさ」
「ごめんね」
「いいよ。シャワー浴びてくる」
ケイコは真新しいスエットを手にバスルームへと向かった。やがてシャワーの音が聴こえてくる。
バスルームから聴こえてくる水音に耳を傾ける。十分ほどベッドの温もりを楽しんで、漸くあたしは体を起こした。