ジグザグ16
バーの店内は思っていた程には混み合っていなかった。煙草の煙が渦を巻いて天井を往き来している。スネアドラムの高い音。アルトサックスが掻き鳴らす。アートブレイキー。マスターの好きなジャズマンだって教えてくれる。
「たまにはボクが作ろうか。やっぱり彼女の方がいいかい」
あたしは笑ってマスターにお願いした。甘くて強いカクテル。今日は酔いたい気分なの。
「部屋は落ち着いた?」
「それなりに」
ケイコとグラスを交わす。一週間も経っていないのに何だか別人になったみたい。少しよそよそしい。気のせいかしら。それともお酒のせい?
ケイコの顔がほんのり紅い。あたしも酔っているみたい。
「もうここには来ないで」
閉店時間を僅かに過ぎて、最後のお客さんが出ていった。あたしは一人カウンターに残って空になったグラスを弄んでいた。マスターがグラスを磨きながら聞かない振りをしていてくれる。あたしはケイコを見つめて、ケイコはあたしから視線をそらした。
なんでよ。何でそんな事いうの?
「友達ごっこはもう終わり。他人じゃないけど、もう気安くはしないよ」
ケイコは微笑った。ちょっと寂しそうな顔で。あたしの嫌いな表情で。
「あたし何かした?」
「あんたは何も。いつも通り。でも私が変わったの。昨日までの私じゃなくなった」
ケイコは言った。あたしに背を向けて。
好きになったら友達じゃなくなるなんて、あたし達のゲームにそんなルール無かったじゃない。ケイコの好きとあたしの好きは違うのかも知れないけど、何だかそれ悲しいじゃん。
「顔くらい見てよお」
あたしは泣いた。声を上げて。だって背中が泣いてるんだもん、馬鹿げてるよ。金曜の夜なのに。
end.
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