ジグザグ14
ケイコが、あたしの頭を撫でて前髪を掻き上げた。額に唇。胸元からほんのり煙草の匂い。
「部屋、見付かったんでしょ」
寝起きで歯を磨こうと洗面台に立ったあたしに仕事帰りのケイコはお酒の香る甘い吐息を吹きかけた。
「うん」
あたしは歯磨きを諦めて、細い指の優しくて少し強引な愛撫に身を任せる。酔ったケイコの悪い癖。鬱陶しいけど、嫌じゃない。
「それにしても、この数ヶ月で随分増えたね。荷物」
「そうだね。ごめんね、長いこと」
「いいよ」
「荷物。まとめなきゃね」
あたしはケイコの手からスルリと抜け出した。このままじゃあたしは歯を磨けないし、いつまで経ってもケイコはシャワーを浴びてくれないから。
それから、あたしはここへ転がり込んだときに持ってきた旅行鞄に荷物を詰め、ここへ来てから買い込んだその他大勢をショッピングバッグと幾つかの段ボールにまとめて入れた。それでもかさ張る衣類を除けば、タクシーのトランクに収まるくらいで、そうしてしまえば、いつか買った四角いテーブルだけがポツンと残された。
「これ、使ってくれる?」
あたしがお願いしたらケイコは小さく頷いた。
タクシーの窓を開けて、あたしはケイコに手を振った。今にも泣き出しそうな空模様。冷たい風が吹き込んだ。