ジグザグ1
「別れてくれ」
アイツが言った。半年前に借りたばかりのアパートで、浮気現場はあたしとヤツのベッドルーム。見知らぬ裸の女。ベッドの下にどっかの制服。よりにもよって未成年じゃんクソが。
「最低だけど、言い訳されるよか幾分ましだね」
あたしは嗤って振りかぶった右の拳をヤツの鼻っ柱目掛けて振り抜く。
裸の王様が哀れなくらい勢いよく吹っ飛んだ。女があたしのお気に入りだった花柄のシーツを手繰り寄せ派手な悲鳴を上げる。あたしは笑った。ざまあみろ。
右手首の打撲と捻挫。多分、全治二週間。だらしなく脱ぎ捨てられてたジーンズのポケットからアイツの財布を抜き出して札を抜く。慰謝料には足りないし、治療費には少ない。
通帳と印鑑と、化粧品に服と靴。旅行鞄に詰めるだけ詰めてサヨナラした。
「それであんた家出してきたの」
あたしはアパートを飛び出して、電車に飛び乗った。金曜日の夕方五時。スマホでケイコにメールを入れたら直ぐに返事が帰ってきたから、あたしは親友に甘えることが出来たんだ。
「家出じゃないよ。もう帰らないし」
入れて貰った珈琲に砂糖と牛乳をたっぷり入れる。ブラック珈琲を苦虫を潰すように飲んでたアイツの顔を思い出す。女の前で格好だけはつけられるヤツだった。少なくとも新しい女が出来るまでは。
ケイコの部屋は殺風景で目立った家具はベッドと冷蔵庫くらい。テーブルもないから珈琲カップも床に置く。以前、無理矢理上がり込んだ時に訊いたら「物が残るのが嫌だ」と言っていた。だから極力買わないんだって。別れたあの娘はこの殺風景な部屋で淋しくなかったんだろうか。
「私、そろそろ仕事だから。着替えたら行くよ」
ケイコが空になった珈琲カップを取り上げて言った。流しでカップを洗う音。あたしはスマホの電源を入れる。
「あんたさ、当分ウチにいるんでしょ? 合鍵渡しとくから」
「うん」
「何もないから、食いもん買ってきな。近所のスーパー、分かる?」
「うん」
「冷蔵庫の飲みもん、飲んで良いけど買い足しといてくれる」
「うん」
じゃあね、と言ってケイコは部屋から出ていった。静寂。鳴らないスマホ。涙。泪。なみだ。
「テレビくらい買えよお」
あたしは泣いた。大声を上げて。だって人の声が聴けないって、馬鹿げてるよ。金曜の夜なのに。