番外編:花と巡り合う魔法使いの話 03
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マーリンが次に見たのは知らない天井だった。いや、天井というものを久しぶりに見た、というのが正しい。カラムの民はゲルで暮らしていたので、マーリンが天井を見るのは前世振りだ。
「……っ!?」
「ああ、おきたのね。おはよう」
事態が全く読み込めず、マーリンが固まっていると、天井だけが広がっていた視界に、空色の目と稲穂の髪が入ってきた。
咄嗟に距離を取ろうとして、勢いよく起き上がる。途端、体がビキリと固まり、鈍痛が頭に響いた。
「痛っ……!」
「だめよ。あなた3日もねていたのよ」
頭を抱えたマーリンの背を、幼い少女がさする。自分の半分くらいだろうか。まだ声が舌足らずに聞こえる。そしてその舌足らずは聞き覚えがあった。
「あんた、まさか路地裏の……?」
「まあ、おぼえていたのね。わたくしはヴィヴィアン。あなたを拾ったものよ」
「お付きの人が、止めとけって言ってたろ」
「きこえてたのね。ごめんなさい。でも、わたくしはあなたをほおっておけなかったの」
マーリンはその言葉に内心舌打ちをした。助かったのは事実だが、施しを受けたことは正直受け入れがたかった。お付きの人がいたり、今自分が寝かされているベッドなどの調度品を見れば、平民でないのは明らかである。
「なあ、お前……ヴィヴィアン、俺の髪と目、何色に見える」
「ルビーね! 目はエメラルド! わたくし、宝石はエメラルドがいちばん好きよ!」
「……最悪だ」
マーリンは苦虫をかみつぶした顔をした。意識が飛んでいて、魔法がかかる訳がない。このヴィヴィアンとかいう幼子はともかく、この子の親はこの髪と目の意味を知っているだろう。しかも貴族階級。これを恩義に何を請求されるかわかったものではない。
「さいあく……あなたまだぐあいわるいの? じゃあ寝てなきゃだめよ。あなたとてもきたなくてね、だからぐあいに悪いとわかっていたけど、お風呂に入れたそうなの。きっと、それがよくなかったのよ」
「ああ、そうじゃない。もう具合は大丈夫だ。ほっといてくれ」
「だめよ、あなたはわたくしが拾ったんだもの。ちゃんと元気になるまで、めんどうをみるわ」
「犬猫じゃないんだぞ」
「わたし、いぬやねこが話せないの知っているわ」
ばかになさらないで、とむくれる幼子に、マーリンは思わずため息を吐いた。
「こんなに良くしてもらっても、何も返せないから、ほっといてくれ」
「おかしいわ。わたくしがしたいことが、たまたまできただけ。それが愛だと、神様はおっしゃっていたもの」
「……愛」
「そうよ、愛!」
マーリンは思わず目の前の幼女をみる。空色の目に金糸の髪。目は少しツリ目で、キツめな印象を受けるが、幼くても美少女だ。そんな美少女がさも当然だという顔でこちらをじっと見ている。
彼女は今自分が言ったことをちゃんと理解できているんだろうか。どれだけの人間がそんな無償の愛などという施しを、見返り求めずにできるのだろうか。
微動だにしないマーリンに痺れを切らしたのだろう、ヴィヴィアンは睨めっこに飽きたのか、もう!と声を荒げた。
「そんなにお返ししたいのなら、愛をくださいな!」
「は?」
「そうよ、とってもいいかんがえだわ! 同じものをかえせば、おあいこじゃない!」
「――愛って、なに?」
「愛は、愛よ! きめたわ、それいがいならお返しはいりません!」
先ほど同様に頬を膨らませて、ヴィヴィアンはプイと横を向いた。その仕草はとても子供らしいが、要求されたものは大人顔負けだ。
代わりに愛をくださいな、なんて吟遊詩人の詩にありそうだなと、マーリンは思わず苦笑を浮かべた。
結局その愛とやらを踏み倒そうとした神罰なのか、マーリンはベッドをそのまま抜け出そうとして足を踏み外し、倒れ込んでしまった。そしてヴィヴィアンによって呼ばれたメイドによって、強制的にベッドに再度括り付けられたのだった。




