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番外編:花と巡り合う魔法使いの話 02



 * *



 20年前。エムもといマーリンの故郷は神のためにと叫ぶ謎の集団に蹂躙された。

 あちらからすればこれは正当性のある聖戦でも、住んでる身からすればただの侵略でしかない。侵略はいつの時代も僅かな利益と、強大な怨嗟と悲しみしか産まない。


「なぜ、何故です、貴方様は稀代の魔法使いではなかったのですかっ! なぜっ何故我らを、私を助けてくれないっ……!」


 赤銅の髪をした茶色の目をした男が、幼子のマーリンに縋る様に泣いて叫んだ。

 男の背には大きな刀傷と矢が何本も刺さっていた。恐らく、残りの命を振りしぼってここまで来たのだろう。子供を守る為なら感涙ものだ。しかし、男はマーリンの実の父親だったが彼はマーリンを息子だとは思っていなかった。


 男の妻が自らの生と引き換えに生み落とした子が、物語として紡がれた伝説の稀代の魔法使いの姿だったからだ。

 鮮やかな赤と宝石のような緑。一つの王国を作り上げた魔法使い。彼は息子に王道でも見たのだろうか。


「僕は貴方の子です。いったい何が出来たというのですか」


 見た目がどうあれ、魂がどうあれ、マーリンはたったの5つなのだ。

 剣もろくに持てず、弓も引けない。出来ることは他人の意識を変えることと見た目を変えること。この地獄の中で、そんなちっぽけな能力で、一体何をしろというのだろうか。


 マーリンの言葉に、男の目が大きく見開かれる。今際に目の前の子が自分の子だと思い出したのだろうか。それとも見放されたと絶望したのだろうか。絶命した今では男の真意は何もわからない。

 マーリンは男の背にかかっていたマントと、腰に差してある小刀を剥ぎ取る。マントからは血の匂いがしたが、身を隠して逃げるには丁度いいだろう。洗えばしばらく使えるはずだ。手早く小刀を腰に差し、マントを急いで被ると、早々に藪の中へ身を隠した。


 もうすぐここにきっと敵が来る。今捕まって、一方的に搾取される立場だけは避けたい。


 マーリンは相手が自分を視認できなくなる魔法を自身にかける。これでしばらく、自分は見つかりにくくなったはずだ。

 息を殺して、当たりの蹂躙が収まるまでマーリンは体を丸めた。


 父であって父でなかった人が絶命していくのを目の前で見たというのに、自分の生まれ故郷が燃やされ蹂躙されているというのに、マーリンは欠片も悲しくならない自分の冷徹さに苦笑した。そして笑ってしまった自分にも辟易した。



 やはり、自分は人でなしなのだ。





 * *



 マーリンはそれからしばらく浮浪児として周囲の状況を吟味することにした。そして自分が一番搾取されない場所に身を置こうと考えたのだ。


 幸いなことにマーリンには魔法がある。髪の毛や目の色は簡単に変更できたし、浮浪児という汚さは意識させない事で誤魔化せた。金は同じく魔法で兎や野鳥を狩って売ることで得ることが出来た。


 この国のこと、領主様のこと、バッチェ地方のこと。

 そんなこと聞きながら果物や野菜を買う幼子を市場の人間は怪訝に思ったのだろう。


「ガキらしくない子だねえ、そんなこと聞くなんて」


 マーリン自身も思う。全く子供らしくない思考回路と行動だと。でもそうしなければ生きていけないので、こればかりは仕方がなかった。背に腹は代えられない。

 それにマーリンは子供ではなかった。体は子供だが、少なくとも魂は子供ではない。


 稀代の魔法使い。その魂が巡り巡った先、それがマーリンであり、5つの幼子の体に入った魂だった。


 正直、その時のことなんてさっぱり覚えていないんだけどね。


 生まれてから共にある記憶は、もはやどの時代の誰の記憶かもわからない。巡りすぎて、記憶として持つために圧縮され過ぎた結果、個々の記憶が劣化してしまったのだ。

 ずっと彼女を覚えておくためだっただろうに、肝心の部分がすっかりなくなってしまうのだから、何とも皮肉な結果である。


 良かった所としては異常なまでに自我が早く芽生えたところだろうか。おかげで、こうして何とか生きていけている。


 マーリンは先ほど買った林檎をかじりながら、どの領地に行くべきかをひたすら思案していた。




 * *




 しくったなあ。



 震える身体を力の入らない腕で抱きしめながら、マーリンはぜいぜいと息をした。

 最初はただの体調不良だと思った。しかし次第に体が猛烈に熱くなり、鉛のように重くなった。重い体を引きずってこの路地裏に蹲ってもう3日が経っていた。

 いくら頭は大人でも体は8歳。一人で生活するには限界があったのだ。むしろ、浮浪者になってから3年間も体調を崩さなかったのは奇跡で幸運だった。


 一向に良くならない症状に、いよいよやばいなとマーリンが目を瞑った時だった。


「あなた、ちょっとあなた」

「……?」


 ぐい、と体をゆすられて、閉じかけていた目をそちらに向ける。しかし目はすっかり霞んでいたので、見えたのは淡い光のようなものだけだった。白い世界がチリチリとマーリンの視界と意識をむしばんでいく。


「ああ、やはりきれい。かみもうつくしいけど、めがよいわ、めが。でもちょっとうつろかしらね?」

「おっお嬢様! おやめください、そのようなものにお手を触れるのはっ……!」

「ああ、ぐあいがわるいのね」

「お嬢様、聞いておられますか、お嬢様っ」


 言い争いなら別のところでやってくれ。そう言って追っ払いたかったが、今のマーリンには腕を動かす余力どころか、口を動かす気力すらない。


「いいこと思いついたわ、わたくし――……」


 その言葉を最後まで聞かないまま、マーリンの意識は白い世界に覆われて消えた。






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