番外編:花と巡り合う魔法使いの話 01
※1万PT感謝記念で番外編でエムの過去編です。
※本編後の時間軸+ネタバレをを含みますので、本編読了後にお読みください。
めぐり合わせというか、運が回ってきたというべきか。
エムはつくづく人生とはわからないものだな、と思う。どこかの誰かは魔法使いというものを全知で予言者のように思っている輩もいるが、そんなわけないのである。
ただ、人ならざる者の言葉が理解でき、人ならざる者の目を借りることが出来き、人ならざる者の力を使うことができるだけなのだ。自分たちに聞こえないから、見えないから、使えないから、それらがまるで魔法のように見えているだけ。所詮、魔法使いなど感度の高いだけの人間だと、エムは思う。
妻にそれを言うと、持てる者の言葉よ、と睨んでくるが。
だから、今エムがカイト国の辺境伯の筆頭執事として辺境伯に仕えていることも、妻であるエレインが辺境伯夫人とその息女の家庭教師として淑女のマナーを教えているのも、全くの偶然でめぐり合わせなのである。
「お前ら夫婦は一体何なのだ」
「と、申しますと……?」
家長の執務室の窓から下に庭園で散歩をする奥方と息女を眺めていたライリー辺境伯が突然その言葉を口にした。エムは主人の言っていることがわからずに思わず首をかしげる。
「貴族社会を熟知した魔法使いに、あからさまに貴族階級出身の妻――ワケありなのは承知していたし、聞くつもりもなかったが、リサが怯えているのでな、聞かないわけにはいかん」
「私の妻は、そんなに露骨でしたか」
「マナーブックが不要などころか、実体験のようなエピソードを交えて教えられれば、誰だって貴族階級出身だと分かるぞ」
妻のリサが不敬に当たらないかと昨日相談しに来た、という辺境伯の言葉に、エムはほっと安堵の息を吐いた。
なんだ、傲慢ってことじゃないのか。安心した。
エムはつい窓の先にいる妻を思う。公爵令嬢という傲慢で窮屈な身分を脱ぎ捨てた彼女はすっかり険がとれていた。村では代筆屋を営み、文字の読めない近隣の農民に文字だって教えていた。だから周りは彼女に感謝こそすれ、貴族だと怯えている風はなかったのである。
「申し訳ございません旦那様。妻は、それでも精一杯隠しているつもりなのです」
ついこの間、ばれないように万全を期しているわ、と胸を張って話されたことを思い出す。
きっと「お友達が経験したことなのだけど」だとか「これは人から聞いた話なのだけど」といった全く意味のない枕詞を付けて詳細に体験談を話していたに違いない。
どう聞いても実体験にしか聞こえないそれに、きっと夫人は困惑したことだろう。そしてそれに気付かず堂々と話すエレイン。最高に可愛い。そしてそれを胸を張って報告してきたと思うと、もう可愛くてたまらない。
エムはどこまでもエレインに盲目だった。
辺境伯は、はあ、と深いため息をついて頭を抱えていた。
「辺境伯領だから騒がれてないんだ……ここら辺のやつらは貴族と市民の違いもわからない田舎者ばかりだからな」
確かに、これがもう少しティンダル王国寄りの都会の領地だったら市民階級が明確に存在する。故にエレインの貴族然とした態度や所作は不信がられていたのかもしれない。
つくづくめぐり合わせだとエムは思った。
辺境伯はさらに言葉を続ける。
「別に追い出したい訳じゃないんだ。むしろ感謝している。血は貴族とはいえ、俺は次男だったから騎士上がり。リサだって商家出の平民だ。お前と奥方がいなければ俺たちは貴族社会の格好の餌で道化だった――だからこそ、いい加減お前らの秘密を打ち明けてもらう必要がある。追い出す為でなく、守るために教えろ」
エムは言ってよいものかと逡巡するが、目の前の辺境伯の目はどこまでもまっすぐだった。話せという割に、立場を笠に着る物言いはせず、誠意と言葉を尽くしている。
「長いお話になると思いますが」
「別に今日は急ぎの仕事もない。まあ、お前も掛けろ。これもあるし、な?」
そう言って辺境伯はサイドテーブルから年代物のウィスキーを取り出した。ウィスキーグラスはご丁寧に2つある。
エムは観念して後ろの椅子を引っ張って腰掛けることにした。
「では、どこからお話ししましょうか――」




