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城下のとある居酒屋にて 1

【らいらいらい!!】本編終了後。適当な時間軸。

 神界の中央にある<聖帝>ヴァーンがおわす城。

 その城下には住宅地区だけでなく商業地区もよく賑わっている。<聖帝>様様だ。

 商業地区のうち食堂やリストランテなどが立ち並ぶ飲食街のとある路地裏にひっそりと佇む居酒屋。

 名前は<かかし亭>。

 そこが今回の舞台である。



 居酒屋<かかし亭>は変わった店である。

 まず店の面構えが店らしくなく、なんとなく入りづらい風体をしている。

 なんとか入り口を抜けると顔を出すのは意外にも広い店内。そしてその奥の厨房から顔を出す強い髭を生やしたいかつい顔の店主――大将。

 この男がまた店に長居する気を失せさせる。気の弱い者であれば、入り口を開けて彼と目が合っただけで扉を閉めて逃げ帰るだろう。


「いらっしゃい」


 その声がまた酒焼けしていて怒られている気分になる。しかも声量がデカい。

 更にこの男、かなりガタイがよく、身長も高い。店内の天井が高いのはそのせいだろう。身長は目測で約二メートルは超えている。

 腕は丸太のように太くて、胴だって一人で抱えられないくらいにがっしりとしている。顔を横断する大きな傷の他にも、首や腕にも酷い傷があるのが見える。

 極めつけはその右足。黒い棒で作られた簡素なだけの義足をつけた姿。

 明らかに堅気でないのがよくわかる。

 そんな大将の営む居酒屋。

 そのせい以外の理由が見当たらないくらいに、この居酒屋<かかし亭>は閑古鳥が鳴いているのが常だった。

 それでも大将はなにも言わない。どうやって生計を立てているのか、近所の人でもわからないくらいだ。

 しかし店が潰れる気配もなければ、大将が困窮している様子もない。

 それは何故か?

 ――簡単な話だ。この店にはいい金づるになる常連がたくさんいるのだから。



「大将! こっちに麦酒、三つ追加お願いしまーす!」


 店の面構えにそぐわないような可憐な声が店内に響いた。

 大将は応と一言呟いて、大きなジョッキ三つを持って声がしたテーブル席へと向かう。

 コツン、コツン、義足が床を叩く。

 テーブル席の客はセミロングの黒髪の女性、もみあげだけ長さのある金髪をした女性、短めの黒髪の女性だ。


「あいよ、麦酒三つ」

「わぁい、大将、ありがとー」


 セミロングの女性――コウ・アマネ・エーゼルジュが大将ににこりと微笑み、ジョッキを受け取る。

 それを両手で受け取るのは金髪の女性――ニアリー・ココ・イコール。

 そして既に真っ赤な顔でジョッキを受け取ったのは黒髪の女性――ラセツ・エーゼルジュ。

 女性三人に引くでもなく、大将は肩を竦めた。


「おい、ラセツの嬢ちゃん、もう飲ませない方がいいんじゃねぇか」


 へーきへーき、とコウが笑う。こっちもだいぶ酔っているようだ。


「女子会ならもっとキラキラした……通りにあるような予約必須のリストランテでも行きゃいいのに。わざわざこんなさびれた居酒屋に来るたぁ、お前さんたちも変な嬢ちゃんたちだな」

「お客さんにそういうこと言うー? だってここが一番人がいなくて防音出来て変に人目にさらされずに飲めるんだもーん」

「へいへい、お偉いさんは大変だなぁ」


 そう、大変なのです! そう叫んでコウはジョッキを一気に傾けた。横で頭をふらふらさせるラセツが笑いながら手を叩いている。


「でも、大将の料理が一番落ち着くんですよ」

「そりゃありがてぇ」

「大将~、こっちに戻って来ませんか……大将なら体格だけでもあの阿呆長に勝てるんですから、仕事させるのも簡単になります」


 さっきまでケラケラ笑っていたのに鼻をすすっているのはラセツだ。コウが「ラセっちゃんの泣き上戸スイッチ入った~」と笑っている。

 大将は面倒なことになってきたとその場を離れようとしたが、何故かニアリーが頬を赤くして大将の前掛けを握り締めていた。


(あ、やべぇ、逃げられねぇ)


 他に客がいないのも逃げられないポイントだ。手でニアリーの小さな手をそっと剥がそうとするが、酔っ払いでストッパーの消えた指は意外と力強い。下手に力を入れて剥がそうとすれば指の骨を折ってしまいそうだと思うと大将も強く出られない。


(女三人寄れば姦しいたぁ言うけどよ)


 大将はため息を吐いて腕を組んだ。

 さて、どうしたものか。というかこのお嬢ちゃんたちは誰かにここにいることを言っているだろうか。


「コウの嬢ちゃん、兄貴の迎えは来るのかい」

「えぇ、兄貴? さぁ……ヤシャにはラセっちゃん借りるねーって言ってきたけど」

「マジかよ」


 もう一度、ため息を吐く。

 大将は魔法が苦手だ。伝令代わりの使い魔を飛ばすことも出来ない。

 どうしたものかと三度ため息を吐こうとしたとき、ガラリと店の扉が開いた。

 顔を見せたのは大将が今し方思い浮かべた男たち。


「よーう、大将、やってる……ああ、やりすぎてらぁ」


 左手を上げて挨拶したのはヤシャ。その後ろには面倒くさそうな顔をしたロウ・アリシア・エーゼルジュとドン引きした顔のシュラが続いて店に入ってくる。


「おう、嬢ちゃんたち、随分と出来上がってんぞ」

「世話をかケタナ」

「領収書は城に送っておくぜ」

「ヴァーンに付けておいてください。ほら、コウ、帰りましょう」


 空のジョッキを片手にコウはふらりとした頭でシュラを見た。


「あれぇ、シュラがいる~?」

「はい、シュラですよ。立てますか?」

「あはははは、シュラだー」


 シュラの伸ばした手にしがみついて、コウはケラケラと笑っている。釣られて横でテーブルに突っ伏していたニアリーが笑った。


「ふふ……コウ、なにがおかしいんれすか……」

「ニアリーも舌が回っていナイゾ」

「あぇ、ろーさま?」

「アア」

「んふふ……ろーさまが見える……」


 ニアリーはロウに手を引かれ、その背に大人しく乗せられる。時折、痙攣しているのかと思うような動きで笑っているが、大丈夫だろうか。


「ラセツ、俺はおぶってやれねぇぞ? 立ってくれ」

「んん……んんん? はれ、どーしてヤシャがここに……」

「迎えに来たんだよ。酔っぱらった奥さんをな」

「奥さんんんん~? はぁ? わらしというものがありながらぁ?」

「お前がその奥さんだよ、馬鹿。ほら、帰るぞー」


 ヤシャは左手だけで器用にラセツを立たせ、彼女の腕を自身の首にかける。

 そして大将に礼をしてスタスタと店を出ていった。

 やっと動けるようになった大将は肩を竦めて男たちを見下ろす。


「仕事してる素振りくらい見せてやれよ」

「書類仕事は嫌イダ。そレトモ、こっちに戻ってきてお前がやってくレルカ、大将」

「はっ、やなこった」


 大将は鼻で笑う。


「しかし、まさか大将が居酒屋なんて始めるとは思いませんでしたよ。かつての革命軍、突撃兵エスパンタリオと名高いあなたがねぇ……」

「うっせぇ、今はただの<かかし亭>大将だよ」


 昔馴染みの相変わらずの言葉遣いにシュラとロウは顔を見合わせて笑った。

 大将はいつだって、どんな立場になったって、彼らが族長右腕だの四天王だのともてはやされていても口調も態度も変えない。

 それが嬉しくて、シュラは目を細めた。

 大将は肩を竦める。


「さっさと帰れ帰れ。嬢ちゃんたちの身体が冷えちまう」

「それは困りますね」


 くすりと笑ったシュラがロウに目配せして店の扉を開ける。

 冷たい夜の風が店内に吹き込んだ。


「今度は客として来ましょう」

「定時後にな」

「わかっていますよ。ねぇ、ロウ」


 ロウは聞いているのかいないのか、アァとどこかを向いたまま返事をする。

 四人が出ていった扉が閉まる。

 大将は大きく息を吐いた。


「てめぇらが来ねぇとうちは閑古鳥なんだよ」


 くくと喉の奥で笑う。

 さて、明日の仕込みをしなければ。

 どうせもう客は来ないだろうと大将は頷いて、厨房に引っ込む。


 ――ここは居酒屋<かかし亭>。知る人ぞ知る、族長幹部御用達の秘密基地だ。



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