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ロウの初恋+α

革命期後の第三期神魔戦争の一幕。


後半は前回の「ニアリーの初恋」のある意味続き。

 何度の目の交戦だろう。

 ロウ・アリシア・エーゼルジュは目を細め、砦の上から敵陣を見た。

 近隣の非戦闘員である民の避難も始まっているが、芳しくない。

 ロウは結界障壁のための札を増産し、眼下の重たい門をくぐろうとする民とそれを誘導する神族ディエイティスト兵の守りを強化した。

 ぞろりと敵陣――魔族ディフリクトが動いた。

 ロウはいつでも動けるように両手に札を広げる。

 そのとき、鮮やかな金色が門兵の制止を無視して飛び出していくのが見えた。

 何事だ、とロウは視線を下へ向ける。――それは金色の髪を靡かせる、最近よく見る自身の部下。

 ロウははっとそれを見た。

 女――ニアリー・ココ・イコールは文官だというのに、敵陣先鋒の前に躍り出た。


(ナニヲ――)


 なにを馬鹿なことを!

 無謀にもほどがある。だって、彼女はただの文官で、妹の新しい友人で、戦闘員ではないのだから。

 この砦に連れてきたのも戦闘に参加させるためではなく、その他で発生する書類仕事やロウでは気付かない細々としたことを任せるためだ。

 決して、戦場に――それも前線にやるために連れてきたわけではない。

 慌てて手を翻し、第一線を走る魔族どもに札をぶつける。

 ニアリーはなにをしている!

 非戦闘員が前線にいる以上、遠戦のための砲は使えない。味方もニアリーの影に気付いたのか、一瞬の判断に迷っている。


「歩兵、前ヘ! 砲撃手は二時の方角と十時の方角へ砲撃開始!」


 叫び指示を出して兵を動かす。

 目を凝らして気付いた。――ニアリーの、彼女の後ろに小さな子どもが蹲っていることに。


「!」


 子どもは身を縮めて泣いている。親とはぐれて転んだか。

 ニアリーはそれを立たせてやりながらも、子どもの前に立ち塞がって腕を広げた。

 無手の女に向かっている魔族の兵が鋭い爪の肥大した腕を振り上げた。


「この子は武器を持っていないでしょう! なにをしているの!」


 凛とした声が戦場に響く。――いや、ロウの耳に響いた。

 きらきらとした金色の髪、真っ直ぐに敵を見据える赤い目には怒り。


(嗚呼、)


 とても、美しいと思った。

 いつもは姦しいとさえ思っていた、部下の一人。

 ロウは煩い心臓を押さえる。息を飲んだ。


「――前線ニ出ル。あとに続ケ!」


 周囲にいた者たちに声をかけ、砦の上から飛び降りる。

 彼女を傷付けるものは、何一つ許さないと――男は戦場に身を躍らせた。


+++


「無事カ、ニアリー」


 焦ったような声が頭上から降ってくる。

 ニアリー・ココ・イコールは目を瞬かせてそれを見上げた。

 周りは嘘のような静寂。先ほどまでの喧噪と炎上は嘘のようだ。

 砂まみれなのに天使の輪が浮かぶきらきらとした黒髪、心配そうに細められた赤目。

 女の肩に手を置き、眉を下げて顔を覗き込む姿は、最近ではよく見慣れたはずの上司の姿。


「ロウ……さま……?」

「アア、大丈夫カ?」


 目がちかちかとする。

 世界が、なにもかもがきらきらと煌めいている。

 ここは戦場なのに。――目の前にいるのは、あのロウさまなのに!

 ニアリーは泣き出したいような、叫び出したいような衝動に駆られるのを飲み込んで、小さく頷いた。

 世界の音が消えたのではない。よく見れば、ロウの札に周囲を囲まれ、守られているからだ。

 守られている。その事実がまたどうしようもなく嬉しくて、また申し訳なかった。

 いつもは胡乱に閉じられていることが多い赤い双眸は今、真剣にニアリーの怪我の有無を心配している。

 ただの文官でしかない自分を、名前も知らないであろう子どもを守るために率先して前線に飛び出してくる勇猛と優しさ。

 間違いない。かつて、三代目族長の親衛隊に粛清されようとしていたニアリーを助けてくれた、革命軍の呪術師。

 ああ、やっぱりこの人だった。

 いつもはやる気がないとのらりくらりと逃げ出す姿に幻滅したかと思っていた。でも。


(わたしが好きになったのは、やっぱりこの方だった――!)


 じわりと目の奥が熱くなる。

 それを見たロウはぎょっと目を瞬いた。その様子がいつもの怠惰な様子とは違って、ニアリーは吹き出しそうになる。


「ド、どこか痛イノカ……?」

「いえ……いいえ……」


 嬉しいのだ。

 好きになったあの人は、いなくなったわけではなかった。

 ニアリーは首を振って怪我はないと言うが、ロウはあわあわと挙動不審のままだ。

 ばっと視界が黒くなった。ぎょっとして「え、」と言葉が漏れる。

 突然の浮遊感にニアリーは混乱する。


「……ろ、ロウ、さま……っ」


 慌てて顔を黒いものから上げると、ロウの顔が間近に見えた。


「!!!???」

「安心シロ、敵は近付いてこレナイ。すぐに安全な場所に運んデヤル」


 黒いものはロウの服の胸元だった。

 ニアリーは何故かロウの腕の中にいた。――そう、いわゆるお姫様だっこである。


「――っ」


 ニアリーは顔が沸騰したかと思った。耳も、首も、なんだったら足まで熱い。

 心臓がばくばくと危ない音を立てている。


(き、聞こえちゃう……っ)


 下ろしてくれという声は口から出てこなかった。むしろ、言葉にならずにひぃとかうへぇとかいう異音になった。

 札が先導するように動いて、安全地帯を確保したままロウの足は砦へと戻っていく。

 現実逃避を始めた頭はやっとのことで自分が庇った子どものことを思い出した。


「あっ、子どもが……」


 ロウの肩越しに背後を見る。……上司の妹で、最近新しく出来た友人が笑顔で手を振っていた。


「だいじょぶ、だいじょぶ。あたしがちゃーんと保護者のところまで送ってあげるからさ」


 にひひと笑うのはコウ・アマネ・エーゼルジュ。

 子どもはその腕に抱かれて安心しているようだった。

 ほっとして、息を吐く。

 ふとロウがニアリーを見下ろしていることに気付いた。今度ははっと息を飲む。

 眉を下げた男は、拗ねたように唇を尖らせ、


「……アマリ、心配さセルナ……」


 と呟く。

 ごめんなさい、という言葉はするりと口から出てきてくれた。


「お前は非戦闘員ダ、文官ダ。戦場に出るなんテ真似、しないデクレ……」

「……」


 心配してくれているのはわかる。同時に優しい声だけれど、叱られているとも。

 それでもニアリーは素直にわかったと頷けなかった。

 返事がないニアリーをロウが首を傾げて見下ろしている。


「……ごめんなさい、確約は出来ません……」

「……ナニ?」

「わたしは、三代目を倒してくれたヴァーンさまやロウさまたち四天王さま方のお役に立ちたいと思ってここに来ました。……でも、同時に多くの人を救いたいとも思っているんです」


 ロウがなにか言いたそうに口をもごもごとさせているが、それが言葉になる前にニアリーは真っ直ぐにロウを見上げた。


「わたしはきっと……いいえ、必ず、またあの子どものような人がいたら飛び出します。何度だって、走って前に立ち塞がります」


 はぁ、とロウは大きなため息を吐いた。

 呆れられたか、とニアリーは唇を噛む。


「ナラ、俺は何度でも前線に飛び出していくことにナルナ」

「……え?」

「イヤ、いっそお前を近くに置いておけば俺が先に民を守レルカ」


 やれやれ、と首を振るロウをぽかんと見上げている間に砦に戻ってきた。

 ニアリーが飛び出していったことを知っていた砦の手伝いたちがロウとニアリーたちを囲む。

 ようやく地面に下ろされたニアリーはほっとするやらぬくもりが遠ざかるのが寂しいやらでどんな顔をしたらいいかわからない。


「俺はこのまま戦場に戻ル。そいつらの手当てを頼ム」

「あ、兄貴、あたしも行くー。ニアリーとこの子、よろしくねー」


 子どもがニアリーのそばに転がされ、見上げれば友人がにっこにこと楽しそうに笑いながら手を振って砦を出ていった。


「……え?」


 先ほど、あの男はなんと言った?


――ナラ、俺は何度でも前線に飛び出していくことにナルナ。


 それは、何度だってニアリーを助けるという……。


「~~~~っ!!?!?!??!」


 ニアリーは真っ赤になった顔を両手で押さえた。

 いいや、気のせいだ。気のせいじゃなければ、ただの思い上がりだ。期待するな。

 そんな声が内から聞こえるが、それに反応することも出来ない。

 突然真っ赤になったニアリーを周囲の人たちが心配してくれているが、それに声を返すことも出来ない。


(ああ、ああ、なんてことだろう!)


 そんなことを言われたら期待してしまうではないか。


(期待? どんな? ――知らない!)


 茹で上がりそうなニアリーは知らない。

 後日、彼の言った通りに異動が行われ、彼女が彼の筆頭部下になる未来があるなんて。



恋せよ青年(青年って少年より年上の男だけじゃなくて、少女よりも年上の女の子のことも指すんだよ)

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