アーティアの剣はなにを見る
らいらいらい!!本編1話の少し(?)前のティアとヴァルとせんせいのお話。
「ティア、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「うん。今の状況を見て、聞けるもんなら聞いてみて?」
男――ヴァーレンハイトはゆっくりと首を傾けた。眠たそうな目を二度ほどぱちりと瞬いて周囲を見渡し、やっぱりゆっくりと首肯した。
「ティアのその大剣、禍々しすぎない?」
ぼく――アーティアは天を仰ぐ。
もはやため息すら出ない。
「言うに事欠いて今、それ、聞く!?」
「いやぁ、さっきからなんか目が合ってるような気がして……」
ぼくはひくりと頬が引き攣るのを感じた。
どう考えても今問いかけるような疑問じゃない。
何故なら。
「あとで、に、して!」
ぼくと相棒は今、絶賛魔獣に囲まれての戦闘真っ最中だったからだ。ぼくは大剣を振り下ろす。
「ははは、やはり彼は面白いねぇ」
「せんせいは今出てこないで。ちょっと黙ってて」
楽しそうに笑うせんせいを無視して更に大剣を斜めに薙ぎ上げる。犬のような姿をした魔獣はぎゃんと悲鳴を上げて倒れた。それを踏み台にして別の犬が前に出る。
「ヴァルはそっちの半分ね。ぼくはこっちの半分を片付ける!」
背中合わせの男がうーんとかえーとかもしょもしょ言っているのが聞こえたがこれも無視した。
のんびりとした口調で男はまだ気になるのかぼくの持つ大剣の目がどうのと呟いている。
「さっきから背後からの視線がチクチクしてるんだよなぁ」
「気の、せい、だっ!」
「そっち見る度に目が合うのに?」
「こっちを、見るな、前に、集中、し、ろ!」
「うーん、やっぱ禍々しいな、その剣」
薙いでも薙いでも、どこから湧いてくるのか犬の屍ばかりが積みあがっていく。
うんざりしてもういっそ大剣を投げ捨てて拳で一掃すべきかとさえ思ったとき、ようやく背後で男が「できた」と短く言った。
「捕捉――ティアから見て正面斜め右、一時の方向に大きく三歩」
言葉を聞いた瞬間に地を蹴る。正面斜め右は洞窟の石壁だ。
それでも。
一歩。左足。
「そこに壁なんか無い」
二歩。右腕を引く。
「あ、一応、息止めておいてね。二十秒くらい」
三歩――更に力を入れて地を蹴った。
「はい、どーん!」
背後で連続した破裂音。
息を止めたまま勢いで大剣を突き出す。石壁だったはずの場所を切っ先がすり抜けて、手ごたえ。
ぎゃあと汚濁のような悲鳴が上がり、途端に視界が開けた。
壁だと思っていたところにはちょっとした空間があり、そこでひと際大きな犬のような姿をした魔獣がぼくの大剣に貫かれて絶命していた。
魔獣たちの親玉だ。額にある大きな透き通った石のようなものが刃に貫かれて割れている。
うまく石――魔核を貫けたようで、もう起き上がる様子はない。
周囲の音も消えていた。
騒がしい犬どもの唸り声も足音も聞こえない。
大剣を抜いて黒血を拭い、鞘に納めてようやく息を吐いた。
「こっちは終わったよ」
背後に向かって声をかけながら振り返る。
おびただしい量の魔獣の屍に囲まれて、男はうんざりとした表情を隠すことなくぼくに片手を振った。
「数が多過ぎて気持ち悪いな」
「親玉の核を回収した。依頼終了だ」
「あー、疲れた……お腹空いた……眠い……いや、なにか食べ……ねむ……」
「自力で歩かないならここに放っておこう」
「いや戻る戻る。早く宿に戻ってベッドに倒れたい」
その前に依頼者であるギルドに寄ると言えば、男はあああと疲れただみ声を出す。
「あ、そうだ。それで、さっきの疑問だけど」
「……その話題、まだ覚えてたの」
この男がその疑問を持ちながらぼくと会話し、同時に魔獣たちを一掃する魔術陣を構築しながら自分に向かってくる魔獣を跳ね返す魔術を行使していた事実にぼくはため息を吐く。
(ああ、そういえば更に親玉の位置を特定してたんだっけ)
どれほどの平行思考で魔術式を編めばそんなことをできるのか。魔術が使えないぼくにはよくわからないが、流石に規格外だということはわかる。
「やっぱりときどきこっちを向いてるんだよな、その剣……」
そんな規格外魔術師の興味は今更ながらにぼくの背中に納まる大剣に向かっているらしい。
ぼくは背中に手を回し大剣の柄を撫でる。
「まぁ、気になってるんだろうね。ヴァルのこと」
「……剣が?」
「剣が」
「…………意思あるのか、それ」
こくりと頷けば、男の顔が少し引き攣る。
「どこで手に入れたの、そんなの」
どこと言われて少しだけ考える。あれはどこだっただろう。
くすくすとせんせいが笑う。
「これはアーティアが何年か前に壊した遺跡に眠っていた封印されし呪剣だよ」
せんせいの言葉にぼくは小さく頬を膨らませた。
「ぼくが壊したんじゃない。あれは遺跡が自爆機能を起動させたからだよ」
「それもアーティアが暴れるからだろう?」
「だって変な謎解きが多くて鬱陶しかったんだもん。ちょっと扉を小突いただけ」
「それが巡り巡って致命的な破損となって自爆機能が起動したのだったね」
「むぅ」
「いや待って。ティア、遺跡壊したの!? じゃなくて、封印? 呪い? は?」
そう言っている、と頷くと男は長い溜息と共に天を仰いだ。
「え、じゃあティアは呪われてるってこと?」
解呪の魔術って編めるかななどと言う男にぼくは、今度は首を横に振る。
「その呪いならもう壊した」
「そっか、なら安心……なんて?」
「壊した」
「こわした」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこういう表情のことを言うのだろう。男はぽかんと口を開けたままぼくを見下ろしている。
せんせいはそれを見てけたけたと腹を抱えんばかりに笑う。
「もうその呪剣に周囲を呪う力はないんだよ。なんせ、それと対峙したときにアーティアが屈服させたからね」
「呪われた剣を……屈服……?」
「そう。素手で」
「素手で」
開いた口が塞がらないようなのでぼくは男の顎を下から突き上げて閉じさせてやる。
「ぐぅっ」
「だってあのときはなにも持ってなかったからね。そりゃ素手で戦うしかないでしょ」
「戦うというには一方的なものだったような気がするが」
「せんせい、そろそろ黙って」
くくくとせんせいは喉の奥で笑うとようやく沈黙した。
「別に大したことはしてないよ。お前の身体を寄越せとかこれで地上に復活して世界をとかなんとか言ってたから黙らせただけ」
だけって、と男は眉を下げる。
「ヴァルだって流石に自分より大きな剣が飛び掛かって来たら殴るでしょ」
「いや、おれだったら防御壁を展開するか避けるよ……」
殴った結果なにやら自分は魔族の王にも認められた魔族の中の魔族だとかかつてここにあった広大な土地を治める魔王だったとか言い始めたので、黙るまで殴り続けただけだ。
最終的に「ごめんなさい」「許して」「もうしません」「あなたのしもべになります」としか言わなくなったけど、うるさいから更に殴っておいた。最後にはどこから出ているのか大剣からひたすら涙が流れてくるだけになった。
そう言うと男は「……………………そっ………………かぁ………………」とだけ言って、ちらりとぼくの背中に視線をやった。
えらく溜めたな。
「あとはせんせいの言う通りにしてどうにか剣に主従契約と封印の重ね掛けをして、今のカタチになったんだ」
「……ご愁傷様」
「なにが?」
「イエナニモ」
今の形状と言っても元の大剣と大差ない。中にいる自称魔族の中の魔族はずいぶん昔にこの大剣に封じられた上で遺跡の最奥に安置されていたらしい。二重封印?
うん、と男は首を傾げる。
「でもその剣のでかい目玉、赤いよな?」
「うん」
「魔族って金眼だよな」
「うん。だから自称魔族だと思ってる」
「誰なんだ、そいつ……」
正直そこまでの興味はないし、せんせいはわかっているようだが笑って黙っているから気にする必要はないと思っている。
大切なのは、ぼくの全力の拳で殴っても折れない刃の強度だ。
「……確かに、ティアの馬鹿力に耐えられる武器は貴重だよなぁ」
「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは」
男の尻を蹴り上げる。
ひぃっと男と誰かの悲鳴が重なった。
ぼくが肩越しに背中のそれを一瞥すると、誰かが今度は息をのんだような気がした。
「……有用なうちは廃棄しないでおくよ」
ぱちり、大剣の刃の根本に埋まった単眼が瞬く。頷いているのだと解釈して、ぼくは男の背を押しながら町へと歩き出す。
せんせいがくくくと笑った。
「……その剣の強度は……その誰かが入ってるから?」
「多分もともとの強度がすごい。古アーティファクトかもって前にせんせいが言ってた」
「わかった。おれはもうそれに興味持たないようにする。考えると頭痛い」
もしかしたらこの旅は三人旅じゃなくて四人旅だったのかもしれないと、ふと思った。
(嘘つきの負け犬は数に入れてやらないけどね)
だからぼくたちは三人旅。
これからも、きっと、ずっと、三人旅。
魔王を倒す勇者の旅を見届けてくれという依頼を受けるまで、あと……。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
感想・評価、よろしくお願いします!




