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逃げる兎と追う狼【ロウ×ニアリー】

製本版にてカバーイラストを描いてくださっている苺ちゃんへの誕生日に捧げたもの。2021年……?

 ワタシはモブである。

 名前は――いや、あるけども今はどうでもいいことだし、なにより本題に関係がない。

 そんなことよりも仕事だ。ワタシは今、とても困っている。

 ――最近、業務が滞っているのだ。

 原因はまぁ、わかっている。わかりきってしまっている。

 我らが愛する職場、ここ神界の中央にある族長さまの居城にある■■部署。ここがワタシの仕事場。

 その頂点に立つのは族長さまの右腕たる四天王の一角を担うロウ・アリシア・エーゼルジュさま。ワタシが敬愛し、畏怖するお方だ。

 ……そう、業務が滞っている原因。それは、恐るべき呪いの申し子、呪術師ロウさまご本人。

 ――と、その直属部下(ワタシの直接上司)であるニアリー・ココ・イコールさまである。



 ワタシは自分に充てられたデスクからそっと顔を上げる。視線の先にいるのは古い資料を真剣な目で睨み付けるニアリーさまの姿。

 その姿は可憐な一輪の百合のようで、とても麗しくとても凛々しく、我が部署では目の保養だと評判のほっそりとした立ち姿だ。

 思わずほうと小さく息が漏れる。同じ音が横から聞こえて、見れば同僚も同じようにニアリーさまを盗み見ていた。気持ちはわかる。

 そうして少しだけ進まない仕事の苛立ちを解消していると、ふらふらとどこかへ行っていた我が部署の長たる真っ黒な姿が現れた。

 ロウさまだ。

 ロウさまはすぐにニアリーさまが彼のデスクについてつまらなそうな紙の資料と向き合っているのに気が付いた。

 音も立てずに近寄って(多分、無意識だろう)、ぽんと彼女の肩に手を置く。


「ニアリー」

「はぁっ、ひえっ、ほあっ、は、ロ、え、ちょ、あっ」


 細い瓜に驚いたケット・シーのように飛び跳ね資料をぶちまけたニアリーさまは、肩を叩いたのがロウさまだと認識するとカッと顔を紅潮させ椅子を蹴倒して後退った。

 そして――


「ほほほほほ本日は閉店しましたあああっ!」


 ものすごい音を立てて部屋から飛び出した。

 脱兎の如く逃げるニアリーさまとそれをぽかんとした顔で見送るロウさま。

 ……そう、先日行われた族長秘書のラセツさまの結婚式のさなかに起こったロウさまによる公開プロポーズ(ワタシは直接は見ていない。超見たかった)、その一件からニアリーさまの様子がおかしいのだ。

 ロウさまが現れるとニアリーさまが逃げる。すると業務が滞る。かと言ってロウさまがいないとそれはそれで全くなにも進まないのだ。

 我が部署は業績不振という危機に陥っている。

 はぁ、と隣で同僚が深いため息を吐いた。まぁ、ワタシも同じように肩を落としているのだが。


「ロウさま、どうにかしてくださいませ」


 勇気ある同僚その二がそっとロウさまに頭を下げた。

 ロウさまはくるりと室内を見渡し――くす、と笑った。


「たまには愛い兎を追うのも悪くナイカ」


 あ、ご愁傷さまです、ニアリーさま。

 なにかのスイッチが入ってしまったらしいロウさまはにまにまと笑いながら部屋を出て行った。同僚と顔を見合わせ、そっと黒い背中の消えた扉の方へ手を合わせる。


「よし、こっそり見にいこっ」


 同寮が立ち上がる。というか職場にいた全員がぞろぞろと部屋を出た。ワタシも慌てて追う。



「ニアリー」

「ぅひゃぁっ」


 声がしたのは角をいくつか曲がったすぐそこだった。ワタシたちは息を殺して音を立てないように耳をそばだてる。


「ニアリー」


 ロウさまがニアリーさまを捕まえたところのようだ。よく見えないが後ろから抱きしめるようにするロウさまの背中が見えた。


「ゆっくりデイイ。オマエの歩調デイイ。合わせルカラ」

「……」


 こくり、誰かが唾を飲み込んだ。聞いたこともないくらい優しくて甘い、ロウさまのお声。


「ダカラ――アマリ、逃げないでホシイ」


 きゅんとせんオナゴおらんやろーーーーーーーっ!

 何人かが腰から崩れ落ちたのを横目に、ワタシは手で口を塞いだ。そうしないと、きっときゃあきゃあとみっともない声を上げてしまっただろうから。

 同寮その三に頭を叩かれ、意識を現実に戻す。

 見ればそろりそろりと職場に戻っていく他の同僚たちの姿。


(野次馬はここまでネ)


 あとは二人っきりで。

 腰の砕けた別の同僚を回収しながら、ワタシはそっとロウさまの背中を盗み見る。

 黒い背中に、ゆっくりと白い手が回されるのを見た。

 ……きっと、もう少ししたら業務は通常通り回るだろう。


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