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33 ドレスの少女の話


 四方にはだかる黒き壁。見上げると四角い青空がのぞかせている。心なしか足元にひんやりとした空気が漂っている気がした。

 

「……おい」


 ニコラリーが息を呑む。クロードは黙って腰の剣に手を伸ばした。


「扉があるな」


 目の前の壁。黒く塗りつぶされたような、一色の漆黒の中にうっすらと扉が浮き上がっている。


「……開けるか?」


 ニコラリーはさっきまでは認知できなかったその扉を凝視しながら、呟くようにクロードへ声をかけた。クロードは冷や汗をかきながらも、小さく笑う。


「君とこれ以上、この狭い中で一緒にいたくないのでね」


「……はっ。俺も嫌だね」


 悪態を付き合ってはいるが、各々が持つ意見の方向性は同じのようだ。


 目線を交わし頷きあうと、二人はその扉に近寄った。二人は扉に両隣の壁に背中をそれぞれつける。


 ニコラリーがノブに手をかざし、扉を挟んだ向こう側で背中壁につけているクロードを見た。その合図が相手に通じたのを確認するや否や、ノブを回して扉を開ける。


 音を立てて開く扉。その向こうから冷たい空気が流れ出てくる。二人は背中を壁につけたまま、空いた扉から顔を出さず、じっと様子を見ていた。


 何かが飛び出してくるだとか、扉の向こうで物音がするだとか、そういうことは起こらなかった。ニコラリーとクロードは頷きあうと、ゆっくりと扉の向こう側へと侵入する。


 その先の部屋は、どこかの屋敷の食堂のようだった。壁には絵画や剣が立てかけており、真ん中には暖炉さえもある。真ん中には白くて四隅に金の装飾が施されたテーブルがあり、それを囲むかのように背もたれが高くユニークな形をしたイスが八つほど並べられていた。


「なんなんだ……」


 クロードは思わず困惑を口にする。ニコラリーも相槌はうたないまでも、同じことを感じていた。


 そして二人の視線は、自然のテーブルの上に置かれていたものに向けられた。


「本……まさか」


 そう、テーブルの上には、ニコラリーが古本屋にて手に入れた本が、ポツンと置いてあったのだ。黒い表紙が四角く切り取られた青い空に向けられている。


「……ニコラリー、君は気づかなかったようだが、いや、この場合は『僕だけが見れた』という表現が正しいのかもしれない」


「何が言いたい?」


「本の題名さ。その題名にはとある人の名前が付けられていた。それもそれで引っかかるのだが、今はそれ以上に言わなくてはいけないことがある」


 テーブルの上にあるのは古びた一冊の本。けれどその静止した本にさえ近づけない。クロードは続ける。


「……あの本の内容だ。最初の数ページしか読めなかったが、何が書いてあったと思う?」


「聞きたくもないな……」


「聞いてもらう。これは僕だけの問題ではない。あの本の中には――この部屋の情景に至るまでの、僕たちが描写されていた」


「――」


「黒い壁に囲まれる二人の青年。脅えた様子で目の前の扉を開けると、そこには食堂があり、一冊の黒い本を見つけた。――大体の流れはこうだった。……まさに(・・・)僕たちにぴったりじゃないか」


 ニコラリーはじっと黒い本を見つめる。奥歯の先には凍えたような痛みが深く響いていて、喉の奥はチクチクと渇ききっていた。


 困惑する頭の中で、何とかこの状況を整理する。難しいことは考えなくていい。単純なことを飲み込んで、それを実行すればいいのだ。ニコラリーは右腕を前にかざす。


「――原因は分かってるんだ。それを調べるのか、それとも」


 ニコラリーは一気に魔力を放出し、右腕に魔方陣を展開した。クロードは思わず腕で自身の顔を守りながら、ニコラリーの方を向く。


「触れずに破壊するか。シンプルに、二択といこう」


「……過激だが、君にしては核心をついている気がするな」


 目を細め、ニコラリーの意見を半ば肯定するクロード。二人の間には、すでに子供のような争いを起こすような余裕はなかった。この異常な状況下で、自分が生きて帰る確率が低くなるようなことは、お互いにとっても良いことではない。


「まず、これがどういう状態なのか、だ。ここはどう見てもアインエリーではない。現実世界のどこかに転移させられたのか、それとも本をキーとして隔絶空間に飛ばされたか、だ」 


「隔絶空間?」


「大量の魔力で作られた、現実世界には存在しない空間だ。……まあ普通はそんなもの作れないが、普通じゃないのがいるから普通という言葉が生まれる。――壁の材質、部屋の装飾とかを見るに、後者が有力というのがまた焦燥させられるな……」


 ニコラリーにとっては馴染みのない単語であるが、クロードのような貴族となると知識の収集量も、それを得るための手段と機会の量も、ニコラリーのような平民とはケタ違いなのだろう。


 この状況でクロードが嘘を言うとは思えない。空間を魔力で作るなど、到底信じられないことであるが、せめてこの空間から出るまでは信じてみようと思った。ニコラリーは言う。


「ならその鍵を壊すのはいけないな。その感じだと、鍵は入るときだけでなく、ここから出るためにも必要になりそうだし」


「そうだ。だから僕が本を調査しよう。君は、何かあった時に後方で待機しててくれ。もしもの時は魔法で援護を頼むよ?」


「了解」


 クロードはゆっくりと、テーブルの上に置かれた黒い本へ近づいていく。ニコラリーも固唾をのんで、その後姿を見守る。


 クロードの手が本に触れた。異常はない。ニコラリーがじっと注意深く見つめる中、本を手に取った。


 それからクロードは表紙を一度眺め、表紙をめくる。


 ――と、一ページめくった瞬間に、クロードは異変に気付く。


 クロードが触れていないはずの次のページが、勝手に浮き上がった。それを境に、一ページ、二ページと独りでにめくられていく。手の上にページがかぶさって、その異様な冷たさにクロードの背筋が凍った。


 クロードは思わず本を投げ捨てる。後ろに下がり距離を取りながら、腰に差している剣の柄に手を触れた。ニコラリーも右手に魔方陣を展開し、いつでも魔法を放てるように構えていた。


 床に落ちた本は、まるで強風にあおられているかのように、未だにページが次々とめくられていく。その高速でページがめくられる音だけが、異様な空間に響いていた。


 ニコラリーはその様子をじっくりと観察しつつも、半ば呆気にとられていた。――それが油断につながったのかもしれない。


「あら」


 ニコラリーの背後で、幼い少女の声がした。びっくりしてニコラリーが振り返ると、その瞬間に蹴りを入れられて吹っ飛び、テーブルを乗り換えその先の壁へ激突する。


 クロードの対応は極めて速かった。ニコラリーが吹っ飛んだ瞬間に、その少女の方へ向くと剣を抜く。そしてそれを振りかぶると、風の斬撃が現れて少女へ向かっていった。前にニコラリーとの決闘で扱った、魔法効果が付与された木刀――あれの剣バージョンといったところだろう。その風の斬撃は少女へ向かっていく。


「貴方は……嫌いだわ」


 その斬撃が少女の身に触れる瞬間、彼女は右腕を前にかざしたかと思うと、一瞬にして目の前に迫った風の斬撃を霧散させた。クロードはそれを見るや否や、もう二振りして新たな斬撃を飛ばすと、ニコラリーの方へ駆け寄った。


 ニコラリーは全身に響く激痛に喘ぎながら、何とか立ち上がる。それと同時に、クロードがニコラリーの隣へついた。クロードが放った二つの斬撃は、先ほどと同じくいとも簡単に少女には効いていない。


 クロードは少女を見据え、震え混じりの声でぼやいた。


「君は……ヒトではないな」


 ニコラリーも自分を蹴り飛ばした少女を改めて見ると、容姿と内臓された力のミスマッチ感に、喉の奥から震えが伝わってくるようだった。


 黒の基調にした豪華なドレスに、人間換算で十歳ほどのあどけなさを感じるほどの幼顔。ツインテールの黒髪をしていて、彼女の赤い瞳からは子供を彷彿よさせる強い好奇心の色が浮かびあがっていた。


 見た目はただの少女だ。しかし彼女は、ニコラリーを軽く蹴り飛ばすほど力や、クロードの斬撃をいともたやすく無効化する魔力を持っている。――見た目に惑わされてはいけない。彼女は、危険だ。


 警戒の色を出す二人の視線に、少女はにっこりとほほ笑んだ。そして両手でスカートの裾をつまみ、軽くそれを持ち上げて、華麗な挨拶をしてみせる。


「ようこそお客様方。少しばかり、私のゲームに付き合っていただけますこと? 紳士さま?」


 いつの間にか彼女の手の中には、床に投げ捨てられたはずの、例の黒い本が握られていた。


 ここまでご愛読ありがとうございました。申し訳ありませんが、ここで完結となります。詳しくは『追憶の欠片α』にて。

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