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28 トラウマの話

 ニコラリーの必殺技習得の訓練が始まって数日後。ニコラリーとクラウスはエインアリーの街に来ていた。


 修行ばかりでも気が滅入るので、軽く昼食でも食べに行こうという話になったのだ。もちろん、ポーション製作も大事なので、それを考えたスケジュールで修行をしている。だから金銭面では問題はない。


「我も何か仕事をせねばならぬな……」


 ニコラリーと並んで歩くクラウスが、街中で接客業を営む定員たちを眺めながら言った。ニコラリーはそんな彼女の横顔を見て考える。


 確かに彼女にも何かしてもらえれば楽になるかもしれないが、それはなんだか申訳がない気がした。


 元々は聖剣なわけで、それに知能を与えて生き物にしてしまったのはニコラリー本人だ。否応なく知能を持たされ、人間の世界で生活することになった彼女に、苦労をかけるのはちょっと心苦しい。


「まあ当分は大丈夫だって。ポーション製作もできる奴はちょっと珍しいぐらいの技能なんだぜー? ちょっと自慢だぜー?」


 ニコラリーは軽いノリで彼女に言う。


 ポーション製作も専用の魔道具、知識などの条件を持たないと行うことができない。故に、この街に限らず市場を広げればもっと収入は増える。その分、ポーション製作に割く時間は多くなるが、できないことはないだろう。


「そういえば、主殿。ポーションの製作にはツールが必要だろう? 割と精巧なものが。自分で調達したのか?」


「いいや? 俺の育ての親が遺してった。あの家もまんまな」


 クラウスの疑問に、何の変哲もないように答えるニコラリー。クラウスは目を細めて静かに呟いた。


「育ての親、か。すまぬ、いらぬことを聞いたかもしれないな」


「まー、俺としては特に……。師匠については時間あるときに話してやるよ」


 ニコラリーがわざわざ『育ての親』と表現したから、クラウスは推測できたのだろう。さすがの洞察力だ。まあそこまで大層な過去があるわけでもないので、クラウスが誤解して大げさに考えてしまうようになる前に話しておこうと、ニコラリーは密かに決める。


 そんなこんなで雑談しながら歩いていると、役所の前に小さな人だかりがあることに二人は気づいた。何だろうと思って、人だかりを縫ってその源の何かへ近づいていく。


「これは、騎士昇格試験?」


「――」


 人の塊を抜けて、その先にあったのは役所の前に建てられた横長の提示版。それに張られた紙が人だかりの原因だった。


 『騎士昇格試験告知』と大きく見出しが紙が張り出されていたのだ。


 クラウスは特に何の反応もなく、いつも通り「ふむ」と事を流しているが、隣のニコラリーは少し様子が違った。


 ニコラリーはその紙に描かれた、右下の試験官の名前に気が向いている。そこにニコラリーの知っている近衛騎士の名前が記されていたからだ。試験官としてこの街に来る、騎士の名が。


 それはニコラリーのトラウマであり、文字を見るだけであの怒りの形相が脳裏に浮かんでくる。


 汗を流し震えるニコラリーに気づいたクラウスが、彼に肩を貸して人だかりから脱出した。ニコラリーの様子も落ち着いてきたところ、人が少なくなったその先で、ニコラリーに問う。


「どうした主殿。何かあったのか」


「……ユヅル」


「ん?」


 ニコラリーは自身の流れる汗をぬぐい、乾いた笑いを浮かべた。


「ナツメの父親が、来る」


 それから「あ~~、怖いんだよなあ。会いたくねぇ……」と顔を手で覆い、その場にしゃがみこむ。


 クラウスはそんな情けのない主の姿を見て、ため息をついた。その後、目を開けるとニコラリーの首根っこをつかんで、再び立たせる。


「情けないな。克服するぞ」


「克服……?」


 クラウスの手をはらい、ニコラリーは訝し気な瞳で彼女を見た。クラウスは続ける。


「騎士昇格試験会場は、公立剣術競技場らしいな。一般公開はされてないようだったが、何とか入り込もう」


「うん? 入り込む?」


「あそこに書いてる時刻にそこに行けば、ナツメの父親はいるのだろう。トラウマを克服する良い機会だ」


「えぇ……」


 やる気満々なクラスウを前にうなだれるニコラリー。そんなことよりも魔法の修行をしたい、と言っても聞き入れてもらえなかった。


 彼女は本気で試験会場に潜り込む気だ。両手をグーに握りしめてやる気を入れる彼女を視界に入れて、ニコラリーは海よりも深いため息をついたのだった。


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