27 必殺技の話
時と場面は、ニコラリーとクラウスがナツメのついて話しているところへ戻る。
「とにかく怖いし厳しい……。俺あの人ほんとに苦手……」
「そ、そうなのか……」
机に突っ伏し、うなだれるニコラリーを見て、クラウスは引きつった笑いをした。彼女はナツメの父親の話題から反らそうと、次の言葉を切り出す。
「ということは、ナツメも貴族が釣り上げる対象の一つなのか?」
「……いや、多分違うな」
ニコラリーはゆっくりと体を起こし、腕組みをしながらイスの背もたれにかけた。そして思考する。
ナツメは家族と別居の状態にあると言っていた。しかも、その別居というのは、子供時代に貴族の暮らしに嫌気が差して、屋敷から勝手に飛び出してきた、というもの。家族との仲はあまりよろしくないようだった。
しかも、ナツメは貴族のコネで近衛騎士になるような、実力を伴わないカタチでの夢の実現を喜ばないだろう。だからこそ、傭兵という立場から成り上がろうとしているのだ。
それに――ニコラリーは、ある日彼女がちょこっとこぼしていた言葉を思い出す――ナツメは貴族の在り方が気に入らないようだった。だから、その貴族の力を借りる手段は使いたくないのだと思われる。
けれど、貴族が嫌いなら、何故貴族で固められた集団である騎士を目指しているのだろうか。
確かに『近衛騎士』と呼ばれる者たちは、王国だけでなく全世界において有数の戦闘力を持つ、と云われている。そこに憧れたのだろうか。
「違う、というのは」
腕組みをした格好で考え込み、口を閉じっぱなしのニコラリーを見かねて、クラウスは次の言葉を急かすように言った。
ニコラリーは手を縦にして軽く謝罪をする。
「貴族の力を借りず、自分の力でのし上がりたいタイプだからな、あいつ」
「なるほど。自分に厳しいな。我の好みだぞ」
ニコラリーはとりあえずナツメの御家事情をぼかして、核の部分だけを話した。他人のあれこれを丸裸に話すべきではないだろう。
クラウスも納得した様子だったので、ニコラリーはちょっと安心して息をつく。
半面、クラウスは机を勢いよく立ち上がった。その大きな動作にニコラリーは思わずびっくりして彼女を見る。
「こうしてはいられないな! 主殿も国一番の魔術師になりたいのだろう? なら早く腕を磨いて国に実力を示さなければな」
「……だな! 王国の試験は大分先だ。それまでの時間で一気に駆け上がるか!」
クラウスの勢いを次いで、ニコラリーも立ち上がった。
そのまま家を出て、いつもの草原に二人は立っていた。
ニコラリーの前に立ったクラウスは大々的に言う。
「よし、今日からは主殿に必殺技を授けようと思う」
「必殺技……っ!」
必殺技という響きが心地よい。ニコラリーは想像に妄想を重ね、きらめいた瞳で胸を張るクラウスを見つめた。
聖剣が言うほどの必殺技だ。物凄いものに違いない。
クラウスはそんなニコラリーの態度に、ふむ、と満足げな様子で鼻を鳴らし、右手の人差し指を立てた。ニコラリーの視線はその人差し指にくぎ付けになる。
――と、
「――ッ!」
クラウスの高速の掌底打ちがニコラリーの額にさく裂し、吹っ飛んだ。草のカスを舞わせながら、ニコラリーは地面に叩きつけられる。
「ふむ。魔力での防御は中々になってきたな」
「……つぅ……。不意打ちはやめてくれ……」
何とか魔力を額に回し、ギリギリのところでダメージを軽減したニコラリー。しかしダメージを無効にしたわけではないので、眩暈の症状が多少残る。
「不意打ちは誰に対しても有効打になる技だ。警戒するのは当然」
「さいですか」
腕を組んでニコラリーを見下ろすクラウスに、負けじと彼は立ち上がった。
そして額を指でなぞってみる。とりあえず目立った怪我はしていない。あれほどの掌底打ちにも関わらず、だ。
ニコラリーは何となく自分が強くなっていることを実感していた。全てはクラウスという師匠がいるおかげだ。
「よし! 今日もお願いします!」
「うむ」
ニコラリーは大声で誠心誠意の挨拶をし、頭を深く下げた。クラウスは満足そうにうなずいた。
「前回は火属性。まあ発火能力について教えたようなものだな。そこそこ使えるようになったみたいだし、次の段階にいく」
「……次の段階。火属性から離れると?」
「ああ。必殺技を教えるといっただろう?」
クラウスは笑って白い歯を見せる。
ニコラリーは彼女のいう必殺技がどのようなものか、固唾をのんでその正体を待っていた。
「カギになるのは『霧』だ」
「霧……」
「そうだ、霧だ」
ニコラリーは顎に手を当て考える。
霧を発生させる魔法は炎、水、木、光、闇の五大魔法属性のうち、水属性に分類される。
そしてその用法は、基本的には身を隠すことのはずだ。または霧で視界を奪ったあとに、幻術をかけたりすることもあるが、ニコラリーは幻術を使えないので、具体的にどういう仕組みかは分からない。
「霧を使う必殺技っていうと……霧で視界を奪って闇討ちする感じ?」
「うむ……。まあ、そうだな」
クラウスはニコラリーの質問に曖昧な返事をした。それから、ちょっと散歩に出るというようなニュアンスの軽さで、
「霧の出ている範囲全てが射程の、お手軽必殺術だ。不意打ちで決まれば、ほぼ確定で息の根を止めることができるぞ」
と、なかなかとんでもないことを言い出したのであった。