24 約束の話
第一章の流れを改変しました。
8/30以前に拙作を読んだ方は、また一読していただけると嬉しいです。
沈黙は嫌いだ。背を向けて逃げ出したくなる。
けれど。――ニコラリーは決意する。目の前にいるのは、ニコラリーにとっても必要な人材だ。クロードの一件で自信がつき、その自信が大火をつけた野望のために。
「クラウス」
ニコラリーは彼女の名前を呼んだ。クラウスはその声を聞いて、下げていた視線をニコラリーに向ける。
「君が話したくないっていうなら、俺は勇者について聞かないし、気にしない。ほら、俺のポーションの件だってそうだろ? 俺は見られることを拒否した。だったら俺も、クラウスが聞かれたくないことは聞かない。だから、俺は気にしない」
「……そうか」
さっきとはうって変わって、震えた声色で応えるクラウス。ニコラリーはその様子に、思わず口を閉じた。
家を出る前にも、クラウスはこんな姿を晒していた。いつもの自信満々なクラウスがこのように弱りきるなんて、ただごとではない。
ニコラリーは固唾をのんで、静かに次の言葉を待つ。
「――だが」
クラウスは一度、自らの瞳を閉じた。それからゆっくりと目を開けて、真率な眼差しでニコラリーを見つめる。
クラウスのその瞳にはまだ確かに少し潤んでいたが、何かを決意したような思い切りが含まれていた。クラウスは続ける。
「いつか、全てを話すと約束する。主殿、その時まで待っていてくれるか?」
「……ああ。もちろん」
彼女に言葉にニコラリーが笑って答えると、それを見たクラウスもつられて笑った。
そして、ニコラリーはクラウスのあの言葉の意味を思考することを半永久的に止めることを決める。
クラウスはいつか話してくれると言っているのだ。ニコラリーがあれこれ考察するまでもなく、いつかは話してくれる。――その状況で、クラウスの言葉の真意を邪推することは、彼女の信頼と義理に対する気がしてならなかった。
二人が微笑み合ったことで冷然とした雰囲気が崩れ落ち、穏和な空気が流れ込んでくる。
ニコラリーは肩の荷を下ろすかのように背伸びをして、席を立った。
「さて。まずは皿を片付けちゃおうか。その後は、あの時みたいにクラウスに稽古をつけてもらいたいんだけど、大丈夫か?」
「ふむ。問題はない。我も以前、主殿を最古の魔術師にする、と宣言したことだしな」
空の皿を積み上げ始めるニコラリーの傍で、クラウスも席を立つ。
「にしても、むやみやたらにやる気があるな」
「当たり前だ。だって」
積み上げた皿を持ち上げたニコラリーは、自信の火がついた心情を持って、クラウスに笑いかけた。
「俺の夢は国一番の魔術師になることだからな。――言ってなかったっけ?」
諦めかけていた、幼稚で単純な夢の話をする日が来るなんて思いもよらなかったが、今のニコラリーはそれを高らかに宣言できる。何故なら、それを真剣に聞いて、笑って肯定してくれる存在が近くにあると、確信したからだった。
クラウスはニコラリーの言葉を聞いて、小さく笑った。
「国一番、か」
少し懐かしそうな顔を覗かせたクラウスだったけれど、その表情はすぐに消える。皿をもって台所に行ったニコラリーに続いて、クラウスもその場を離れたのであった。