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23 三人の話

 ニコラリーは気まずい心情を抱きながら、自宅の扉の前に立っていた。家の中にはクラウスがいる。早朝のこともあり、とにかく気まずかった。


 しかしずっと家の前でたむろしているわけにもいかない。ゆっくりと肺の中の酸素を吐き出して、手をドアノブにかける。そして扉を開けた。


「あっ。……おっ、おかえり」


 その扉の先でニコラリーが目をしたのは、とてもじゃないが想像していたものとは違う。


 いつもの改造巫女服の上に、エプロンを引っ提げて、包丁を持ち、台所に立っているクラウスの姿があった。調理器具がそこら中に置かれている。


 唖然として彼女を見るニコラリーに、クラウスは自分のエプロン姿を見直して、恥ずかしそうに頬を赤く染めた。それからクラウスは何かを弁解するように、スカートの端を握りしめながら叫んだ。


「あさっ、朝ごはんっ! 食べていなかったであろう? だからな、今から作って、主殿が帰ってきたら一緒に食べようと思ってな……」


「……そのエプロンは?」


「……まずは、カタチから入ろうと思って、の。それに……」


 クラウスがちらりと、地下室に繋がる階段のドアを見つめたと思うと、すぐに下を向いて赤くなった顔をさらに真っ赤に染める。いつもの威厳のある風格とはかけ離れ、見た目相応にたじろぐ彼女にニコラリーはギャップを感じずにはいられなかった。


 そしてどこか既視感もあった。初めて見るクラウスのエプロン姿なのに、どこかで見覚えがある。何が既視感の要因になっているのか。そう、エプロンだ。ニコラリーはそのエプロンを知っている。


 何となくこれらの流れを理解したニコラリーはため息をつくと、歩き出した。クラウスは包丁を置いて手を胸にやり、警戒しながらニコラリーの動向を探る。ニコラリーが向かったのは、地下室にいく階段の扉の前だった。


「出てこい」


 ニコラリーがそう言ってから数秒後、ギギーッと音をならしながら扉が独りでに動いたと思うと、扉の向こう側には黒いロングヘアーの毅然とした雰囲気の幼馴染――ナツメが、気まずそうに笑っていた。


 台所では、ニコラリーがナツメを発見したことに若干の安堵を感じたクラウスが、紅潮した頬でその場に座り込んだ。







「なんだよ……、やっぱりお前の仕業か」


「クラウスが落ち込んでたからね、元気になってもらおうと思ってさ」


「うー……。ナツメは我がエプロンを着れば、主殿が発狂して喜ぶって言ったのに……」


「何その性癖!? 俺別にそういう趣味ないよ!」


 クラウスとナツメが作った朝食を三人でつつきながら、賑やかな食卓をかこっていた。主に仕掛け人だったナツメが笑い、クラウスが恥ずかしそうに赤面し、ニコラリーが事実無根の情報にうろたえるという、中々騒がしいテーブルである。


 その流れから、談笑につながりテーブルの上のお皿が空になったころに、ナツメが流れを切って話し出した。


「ところで、もうそろろそろ、私がここに来た理由、話してもいいかな?」


 ナツメにニコラリーとクラウスの視線が向く。


「あの遺跡から聖剣がなくなったこと、バレたよ」


「――」


 ニコラリーとクラウスの表情に緊張が走った。いつかは直面する事態だとは思っていたが、実際にかかると想像以上に気持ちが引き締まる。


 ナツメは続けた。


「だけど、その事実を王国は隠してる。遺跡は魔獣大量発生と銘打って閉鎖。密に聖剣を抜いた人を探してるっていう状態」


 あらかた想定通り、といったところ。ニコラリーは静かに腕を組んで考える。


 聖剣が抜かれたなんて話が出回れば、人界はともかく魔界でも大騒ぎになるだろう。ただでさえ、人界と魔界の関係は一触即発の関係なのだ。人間側の強力な兵器と成り得る聖剣が抜かれたということになれば、その関係にヒビが入る可能性がある。


 王国にとって、人間にとって、『聖剣が抜かれた』という事実はまさに核弾頭。さらにその聖剣が手元にないとなると、まずやらなくてはいけないのは聖剣の在処を探り、手にすることだ。


「だが、いつまでも隠し通せることではないだろう。魔界との関係も気になるしの」


「――うん? ニコ、クラウスに話してなかったの? 魔界とのことは、聖剣としても気になることなんじゃない?」


「ああ、うん……。話すタイミングがなくてな」


 頬をかきながら、視線を逸らすニコラリー。その情けない姿にナツメはため息をついたと思うと、何かを閃いたように表情が明るくなる。


 ニコラリーはそれに気づいたが、その表情の変化の真意にニコラリーが気づくよりも早く、ナツメは席を立った。


「わたしはこれで行くよ。ニコ、クラウスとちゃんと話し合いなよ。魔界のことも、ギクシャクしてる雰囲気も」


 ナツメの言葉にピクリ、とニコラリーとクラウスは肩を震わせる。彼女が来て、なんだかんだ遠ざけていたものがついに目の前に戻ってきた。


「二人のことは二人でね。一応わたしはきっかけを作ったつもりだよ。エプロン、いつか返してね」


 ナツメは「じゃ」と微笑み、早々と家から出ていった。彼女の開けた扉が閉まる音を最後に、奇妙な沈黙だけが残されたのだった。


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