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NON-ATTRIBUTE  作者: mikuru
Nalha
9/11

_ Nalha

ボクたちが通う魔導士育成学園があるのは、この国でも中心に位置する都市「ロワ」

背の高いビルが肩を並べ、常に人が忙しなく動いている

常に最先端をゆく、若者が集まる場所だ


ロワから少し西に進む

すると、そこには「アルブル」という街がある

言わずとしれた高級住宅街、坂が多いこの街は右も左も豪邸ばかりである

庭園が多く、観光客もよく訪れる「花の都」だ

そこに暮らす多くの人が草属性、またはその傘下であった



ここの地主、大袈裟に言えば長のような男がいる

その男の名は「レグリオ・ユミィ」

…………ボクの、お父さんだ



お父さんは研究者だ。

花の都の活性化の為に生涯を捧げている。

主に品種改良や新種開発、肥料を作ったりもする。

毎日花に向かって仕事だなんて、なんてロマンティックなんだろう!

きっと温厚な男に違いない!

そんなお父さんの子供になれたなんて幸せだな、ナルハ!


お父さんの表の顔しかしらない研究者達は、皆口を揃えてそういうのだ

なんにも知らないんだ。

ボクは子供なんかじゃない。

お父さんの「子供」なはずなのに「子供」ではない。



一番近い表現は…………「実験動物」だ




小さな頃から、お花が好きだった

屋敷の庭には何百、いや何千種類もの花が咲いていた。

その花の名前を一つ一つ覚えた。咲く時期も、色のバリエーションも、花言葉も記憶した。

それでもまだ、知らないことがある。新しい種類が増えていく。

それが面白くて、楽しくて仕方なかった。

もっと知りたい、もっと触れたい。

この大きいお屋敷を出た先には、どんな出会いがまっているのだろうか?

そんなことを、毎日考えていた。

窓から見える景色は何一つ変わらなかった。




「ナルハ、今日からお前には私の実験の手伝いをしてもらう」


そんな幻想を打ち砕かれたのは、13になったとき。

今までロクに会話もしたことのなかったお父さんから呼び出されて、一言目がこれだった。

ここは書斎だろうか。天井につきそうなほど背の高い本棚で壁が埋まっている。

どれも難しそうな背表紙で、とても手に取ろうとは思えない。


「こっちだ、来い」


言われるがままお父さんの後を付いて行く。

案内されたのは、書斎の奥にあった一つの扉。

何重にもロックが掛かっていて、すぐに何が重要なものが隠されているのだと解った。

4桁のコードを入力したあとは指紋認証、網膜認証に最後は鍵を差し込んで左右に数回まわす。


そうして最後の扉が開かれ、現れたのは真っ白な研究室。

部屋の中心には円柱形の水槽があり、色とりどりの照明で照らされている。

その周りには見たこともない、何に使うか検討も付かない機械が並んでいて緊迫感で満ちていた


部屋の中には、沢山の人がいた

全員が真っ白な白衣に身を包んでおり、ボクを拍手で迎え入れた。

しかし、目は座っている。

それは明らかに「自分たちのボスの子供」を見つめる視線ではなかった。


「失礼します、ナルハ様……、」


その中の一人、白髭の老人に手を取られる。

それが優しい執事長のじいだったから驚いた。

左手は震えながらもボクの手首を掴み、反対側の手には注射器が握られている

それが嬉しいものでは無いということは、すぐに察することができた


「ナルハ、協力してくれるな?」


お父さんは、にこりと笑いながら説いた。


「ひっ……ッ!」


こわい、こわい、こわい!!

恐怖が次第に増長し脈拍が速まるのを感じる

今すぐ逃げ出したくて後ずさったが、お父さんの冷酷な笑みに腰を抜かしてしまう。

その場に崩れ落ちても、腕はしっかりと掴まれたままだった

ガチガチと自分の歯がなる音が聴こえてきている。


「ごめんなさい、ごめんなさいナルハ様。お許しください、しかしこれはアルブルの、この世界の未来の為の研究なのです。」


老人は泣きながら言った。

なんで、どうして貴方が泣いているの。

ねえじい。貴方はとても優しい人だった。

泣き虫なボクの頭を優しくなでてくれたよね。

なのになんで、なんで泣いてるの。

ボクは、恐くて涙すら出てこないというのに


そしてすぐに小さな痛みが走り、間もなくして僕は意識を失った


「新しい世界への一歩目を、自分の子供が踏むことになるなんて……父としてこれ以上誇れるものはないぞ!」


遠く、父の楽しそうな声が聞こえた




***




草属性は、他の属性に比べ劣っている。

それが世間一般の認識だった。

属性に優劣等は無いのだが、草属性は戦闘においてサポートに回ることが多いのが理由だろう。

しかし強化魔法は光や闇の方が強力で、攻撃も出来なくは無いがやはり火属性の火力には及ばない。

治癒能力として重視されることも多いが……最近は、水属性がその役割を担うことが増えていた。

結果、草属性は「飾り」「荷物」「芳香剤」なんて扱いをされるようになったのだ。


草属性の魔道士は、仕事が減った。

逆に花屋なんかは大繁盛した。

そんな現状を草属性達が黙って受け入れる訳もなく、他属性との対立が年々激しくなってきている。



しかし、それに終止符を打つ研究が発表された


それが「花属性」

治癒、攻撃、強化……どれにおいても従来の属性よりも優れている「新属性」

アルブル住在の研究者、レグリオ・ユミィによって開発されたその属性は草属性達の未来を明るく照らすものだった。

簡単に言ってしまえば草属性の上位互換で、誰もがその力を欲しがった。


今はまだ実験段階だが、今後は実用化に向け研究を勧めるという。

発表された段階では、マウスへの注入は成功。

人間への投与は、薬形状では失敗。

草属性の血と馴染んでしまい、花属性にはならなかった。

試行錯誤を繰り返した末、一つの手段にたどり着いたという。

体の一部を、花属性化された物と取り替える方法だ。

実用化するには改善等が必要だが、今の目標は花属性を作ること。


臓器は駄目だった。体から出した瞬間にどんどん機能を停止していって戻さざるを得なかった。

骨は摘出が難しかった。爪、歯では小さすぎ

て不可能だった。


そうして五臓六腑で実験を行った結果、「目」の可能性に気付いた。

目と同じ機能をつけた機械に属性をつけ、「義眼」として埋め込んだ。



彼はついに、草属性の人間を花属性に変える事に成功したと発表した!

レグリオ・ユミィは、本当に素晴らしい研究者だ!

これで差別されることはない!

風評被害に苦しむこともない!

草属性の未来は照らされた!


人々は歓喜し、彼を称えた。

銅像を作ろう、なんて話も出ているらしい。




彼の実の子供が犠牲になったことなど、誰も知らないのだった。




***




僕に入れられた目は、太陽の光に当てると機能を失ってしまうらしい。


だから、閉じ込められた。

窓は、鉄板で打ち付けられた。

部屋にあるのは、光の小さい間接照明だけだった。

目をあまり使うなと、本は取り上げられた。

部屋にあるのは睡眠を取るためのベット、背の低い机。

そして花。

光に当てずに育てることが出来る花ばかりで、色鮮やかとは程遠い。



ああ、庭のお花元気かな。

じい達、ちゃんとお世話してくれてるかな。

あの本読みたいけど、何処にあるんだろう。

髪、伸びてきたから切りたいなぁ。

万が一の為にって前髪も伸ばしてるけど正直邪魔だなぁ。

…………お腹空いたな。

でも、目を入れられてから植物しか受け付けなくなっちゃった。

どうしてもって時はお部屋のお花を食べて、なんて言われたけどそんなことはできない。

だって、大切な友達だから。

話し相手だから。

ボクのことを、一番わかってくれるから。


優しく、花弁を撫でる。

少し揺れた花は、少し悲しそうに見えた。

ボクも悲しいよ、暗い所は嫌いだよ。……と語りかけてみるが返事がない。

元気な花の声は聞くことができるが、萎れた花からは何も感じ取れないのだ。




「ああ、誰か」


誰か、この花に元気をあげて

誰か、光を与えてあげて


「誰か、ボクを助けて。連れ出して」








「――ええ、貴方のお望み通りに……」


どこからか声がした。

暗闇のせいで姿は見えなかったが、どうやら女性のようだ。


「うわあ、思った以上に嫌な部屋だね。よくこんな所にいられるなぁ」

「な、なんで人が!?どこから……!?貴女、誰なんですか?」

「まあまあ落ち着いて。あんまり騒がれると、犯罪者扱いになっちゃうからさ」


不法侵入している時点で立派な犯罪者であるというのに、彼女は一体何を言っているのだろうか。

視覚を完全に奪われているせいで、部屋を歩き回る足音が鮮明に聞こえた。

時々止まって、興味の薄そうな声を上げたと思えばまたすぐに歩き始める。大体部屋を一周したところで、さて!とこちらを振り返った。ような音がした。


「さあ、ナルハ・ユミィ。そろそろ行こうか」

「行こうか、って何処に……?というか、ボクの名前……」

「君を素晴らしい場所へ招待したいんだ。ちょっと失礼、手を握らせてもらうよ」


どうやら彼女はボクの姿を捉えているようだ。

真っ直ぐこちらに向かってくると、手を握ってくる。そうして、何かの呪文を唱えた。

随分久しぶりな人の温もりに戸惑っていると、突然目の前が光りだした。全身に魔力がかけ巡るのを感じる。



「あ、そうだ。目は閉じてた方がいいかも」



視界が白に染められた時に彼女は呟いた。





しかし、その警告は遅かったみたいだ。

彼女の言葉を聞き目を閉じようとする前に、ボクの視界には太陽の白色光が飛び込んできた。



「ぐっ、あぁ……っ!」


瞬間、目が焼けるような痛みに襲われる。

先ほどまで真っ暗な部屋に閉じ込められていたせいか、昔に見た太陽よりも眩しいように見えた。

熱暴走を起こした義眼から発せられた火花が肌を焼く臭いがして、もしかしてボクは此処で死ぬのではないか、ボクを連れ出した彼女は殺人犯だったのではないか。

収まらない熱に朦朧とする頭ではもうそんなことしか考えられなかった。



「……『ケア』」

「……っ!あ、え……?あれ、目が……」


また、静かに呪文を唱える声が聞こえた。

目の前に赤色の魔法陣が表れ、直ぐに熱が引いていく。晴れてきた視界で自分の手を見るが、赤く爛れた肌はみるみるうちに元の肌色へと戻って行った。


「火属性の治癒魔法だから、草属性よりは効果が弱い。君を助けることは出来たけど……その『花園の瞳』は元に戻せない。ごめんね」

「はなぞの?……あの、えっと、ごめんなさい。ボクまだ状況が理解出来ていなくて……」


恐る恐る、顔をあげてみる。

そこには茶色い髪をした女の人が立っていた。

長い前髪越しに目が合うと、彼女の紅い瞳が優しく微笑んだ。


「あはは、ごめんごめん。私はただこの景色を見せたかっただけ。」

「……!」


彼女の手がボクの顔まで伸びてくる。

もしかして何か魔法をかけられるのではないか、思わず身構えて目を瞑った。

しかし考えていたような衝撃はなく、ただ髪を撫でただけですぐ離れて行った。だが、それにしては視界が晴れているような気がして。違和感を感じ先ほど触れられた場所を触ってみると、それが何か直ぐに分かる。


「髪飾り?」

「はい、鏡。似合ってるよ」


小さな手鏡を手渡される。

そこには、白い花があしらわれたピンで右側の前髪を留めた、情けない顔のボクが映っていた。

露わになった自分の瞳は記憶にある機械的な黄緑色とは違って、とても綺麗な緑色をしている。


彼女はもう一度似合ってるよと呟き、突然前へと進む。

そういえば、ずっと手を握られたままだ。なんだか恥ずかしくなってきた。手汗を掻いている気がする……。


「いやあ、忍びこんで正解だったね。『目的』も無事達成だし、君みたいな可愛い子とデート出来るし」

「目的……?というか、あの、可愛くないです、だってボク……」

「うんうん、分かってるよ。分かった上での可愛いだから」


暫く「可愛い」「可愛くない」の押し問答が続いたが、恥ずかしさからボクが先に折れてしまった。

それからは、他愛のない話が続く。話しついでに今いる場所は何処なのか聞いてみたが、私の庭だとその1点張りだった。

時々不思議な事を言う彼女を疑問に思いながらも、ボクは在るはずだった日常を楽しんだ。

そして話題は、ボクの家についてへと変わった。


「あのお屋敷、君にとっては絶対に壊れない鉄格子だったかもだけど……私にとっては、鍵のついてない鳥籠ってとこかな。ああいうのってちょっと工夫すれば簡単に脱出できるようになってるの、知ってる?」

「脱出……!?そ、そんなのボクには……」

「あとねぇ、警備薄すぎ!ホントに一族が誇りに思う研究者なのか疑っちゃったよ。私の愛しい相棒が数時間で考えた侵入経路ですんなり入れちゃった」


流石の父も、知らない間に不法侵入されしかもその侵入者に警備体制をボロボロ言われているなんて思いもしないだろう。

敵なのか味方なのかわからない彼女の話に思わず笑ってしまった



いつの間にか、日が落ちて来ている。

そろそろ夕食が出される時間だろうか。ボクが部屋にいないと分かれば、屋敷は大騒ぎになってしまいそうだ。

戻らなくては、ボクが焦り始めたのを彼女は察したのか急に歩む足を止め振り向いた。


「ん、そろそろ鳥籠が恋しくなった?」

「あ、あの……結局、貴女は何者なんですか?」

「せめてお名前だけでもーって?あはは、漫画みたいな事言うね」


少し寂しそうな顔をした彼女は、優しく微笑んだ。

夕日に照らされ、赤色の瞳が燃えるようにゆらゆら揺れる。

ゆっくりと伸びてくる手に既もに恐怖を感じなくなっていて、未だ繋いだままの暖かい手を離すのが名残惜しく感じてしまう。

そんなボクの心を知ってか知らずか、落ち着いた優しい声色で彼女は自分の名を告げたのだった。








「私はワカナ、この世界を救うヒーローさ」

また会えるよ、そう言ってボクの頭を軽く撫でると彼女は姿を消した。……正確には、ボクが彼女の前から姿を消すことになった

気が付いたらボクはあの狭く暗い自室に帰ってきていた。丁度狙ったかのように扉がノックされ、じいが夕食を運んできた


「…………ナルハ様、どうかいたしましたか?」

「あ、いえ……いつもありがとうございます……」


お礼を言うと、じいはそそくさと部屋を出た

義眼が壊れた事には気付かれなかったらしい


ボクが突然この部屋に戻されたのは、彼女……ワカナさんが頭に触れたときに転移魔法をつかったのだと思う

この魔法はかなり上位の魔法で、しかも本来は自分を触れていた物ごと転移させる魔法……触れた相手だけを転移させるのはかなり難しいし相当な魔力量が必要なはず……


彼女は一体何者なのか、結局名前しかわからなかった。

でも、確かにボクに勇気をくれた


「…………また、会えないかな」


胸が高鳴る。こんな感情に襲われるのは初めてだった

なんとなくそわそわしてしまい意味もなく部屋を歩き回る、と何か紙の様なものを踏んだ。

どうやら小さな紙切れのようだ、何かが書かれているが……



「こ、これって……、ボクの家の……見取り図……」


ピンで髪を留めることで視界が晴れた右目には……そのメモは鮮明に、輝いても見えた。

庭まで正確に描かれた地図には、青い矢印がいくつか書いてある

警備の配置、カメラの死角、人通りの少ない通路……確実に抜け出せるルートがしっかりと導きだされている

ワカナさんはこれを見て……?

こんな精確な脱出経路、屋敷に住んでいる人間でも見つけるのは難しいはず


でも、これが本当に脱出経路なら……?

頭の中で、矢印通りの動きをシュミレーションしてみる

…………行けるかもしれない

いや、行くしかない

自分を、変えるんだ



彼女に、もう一度会うために。

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