3-5
私達が敵を一掃していた間に、ここでとても激しい闘いが繰り広げられていたのだろう。
そんなことが安易に想像できるほど、ナルハがいたはずの教室は緑色で埋め尽くされていた。
掻き分けないと前に進めない程背の高い草、壁に這い今もまだ動いている蔦、天井にはお世辞にも可愛いとは言えない食虫花のような生き物が張り付いていて、こちらをじっと見ていた。
おまけに青っぽい香り。本当にここは学校だったのだろうか。
武器で草を掻き分けながら進むと、すぐに探していた人物を見つけた
「ナルハちゃん!大丈夫!?」
「ひぃっ!……あ、ワカナ、さん……。な、なんとか」
なんとか大丈夫ですと少し笑ったナルハの身体は、痛々しい程に傷だらけだった。
その足元に、男が一人横たわっている。
「ひっ、死んでる!」
「あ、殺してはないです……気絶してるだけだと……」
「とりあえず、縛っておくのだ。いつ眼を覚ますかわからんからな」
そう言ってリアスが手に持っていた蔦をピンと引っ張る。いつの間に取っていたのか……
慣れた手つきでザレアを縛る様子を見守っていると、二人分の足音がこちらに近づいて来ているのが聞こえた。
「手助けはいるか!!」
「う〜ん、いらなそうだねぇ?おつかれ3人とも」
その音の主はエルカとレイ。勢いよく教室に入ってきたと思ったら、生い茂っていた草木をものともせず凄いスピードで駆け寄ってきた。相変わらずエルカ先輩の声は大きいが、戦闘の後だとそれすらも安心感を覚えてしまう。
「……う、」
しかしその大きな声は、気を失っていたザレアの目を覚ましてしまった。
ザレアは徐々に目を開き、自分を囲む少女達を見まわす。次に自分の身体を動かそうとして、巻きつけられた蔦の存在に気付いた
「な、んだこれは……」
「こいつまだ生きてるじゃねぇか!殺すか!」
「待つのだ。こいつにはやってもらわなきゃいけないことがあるのだ」
リアスの言葉に、眉をひそめる。
「おい、ザレアとか言ったか?」
「あ、ああ」
「お前、ナルハの父親には会える立場なんだよな。……この手紙に書いてある事を伝えておけ」
リアスがザレアに手渡したのは、水色に金色の刺繍が入った封筒。
これには実は見覚えがある。敵達を倒してからここに来るまでの間、リアスが魔法でなんだかこそこそやっていた。何をしているのか聞いても「ナルハの為になる事なのだ」としか教えてくれなかったけど、手に握られたいた封筒からきっと何かの伝言だろう。
「さて、後は帰ってもらうだけだが……。転移魔法は……ワカナが使えたな」
「えっ!?私そんな魔法知らないよ!?」
「なら思い出すのだ。転移魔法は自分が足を運んだ場所にしかいけない」
「無茶言わないで!知ってたとしても使えないし!」
「で、でも……あの時は……。あ、いや、記憶が無いんでしたっけ」
全く知らない魔法の使用を強いられた。当然そんなものは使えない。
ナルハの家に行ったのはワカナであり、私は一度も訪問した事はない。そりゃまあ行ってみたいけども。
「……まあいい、私がやるのだ。いいか、しっかりと伝えるのだ。貴様の首と胴体がさよならするのが嫌なら……な」
物騒な事を言いながらザレアの頭上に魔法陣を召喚し、『転移』と口にする。
魔法陣から水滴が一粒、頭髪の上に落ちた。それと同時に男の姿は水色の光となり、すぐに消えてしまった。
「ザレアさん、ちゃんとお家に帰れたでしょうか」
「いや、どこかの森に飛ばされたのだ。私はナルハの家に行ったことがない」
「ええっ!そんなリアスさん、さすがに酷すぎませんか!?」
「うるさいのだ!お前が使えないとかいうから悪いのだ!敵の心配するくらい余裕あるんだったら自分の頭の心配もしておくのだ!」
怒鳴られた。ぐうの音もでない。
何はともあれ一件落着した様子だ。エルカさんがぶち壊した壁や草だらけになってしまった教室をどう説明するかは未来の自分達に託して、私達は一息つく為に自分たちの教室へ引き返す事にした。
今回の事件の当事者であるナルハちゃんはもうすっかりいつも通りに戻ってしまっていて、先生にどう説明するかをぶつぶつと考えていた。時々目をギュッと瞑って怯えるのは、怒鳴られる自分を想像しているからだろうか。小動物みたいで可愛い。
そんな可愛いナルハちゃんを観察していると、彼女の重大な変化に気付いてしまった。
思わずナルハちゃんの前に立ちふさがり、両肩を掴む。
「ナルハちゃん!お顔に傷が……!!」
「ふぇ!?……あ、ホントですね。夢中で気が付きませんでした」
「大変!可愛いお顔が!治療しなきゃ!怪我しても可愛いけど!」
「か、可愛くはないですよ!?」
自分の頬に触れて初めて傷の存在を知ったナルハちゃんと、傷を治癒する魔法を一生懸命思い出そうとする私。リアスとレイさんはそれを呆れた目で見ていたが、エルカさんは何か言いたげにこちらを見ていた。
そして、よしと小声で決心し、珍しく静かな声色を出した。
「なあワカナ、前から言おうと思っていたんだが……」
「ん?なんですかエルカさん」
「……その、男に可愛いと言うのはあまり好ましくないのでは?」
「……………………ん?」
思わず耳を疑った。
「すみません、もう一度お願いします」
「だから、男に向かって可愛いと言うのはどうなんだ?と」
「………ワカナ、お前まさか」
リアスの言葉を聞く前に、自分がずっと犯していた罪に気付いた。
「…………ナルハのこと、女だと思っていたとか」
「う、うわあああああああああああああっ」
それでも突き付けられた現実に、頭を抱えて蹲った。リアスは「やっぱりな」とため息をついた。
ナルハちゃんが、男。嘘だ。
私の超可愛いボクっ娘幼女ちゃんが、男。
はっ、とナルハちゃんの顔を見た。長い睫毛、丸くて大きい瞳、小ぶりで艶のある唇。小さな顔に華奢な身体。
彼女は……いや彼は、申し訳なさそうな顔をして私に頭を下げた。
「す、すみません!ボクがなよなよしてるから、その、女々しく見えましたよね……」
「ち、違うのナルハちゃん!知り合いにね、すっごく可愛い女装男子がいてね!それで性別とかよくわかんなくなってるっていうか、だってナルハちゃんかわいいから!かわいいって言わないほうがいいのか!えっと、プリティー!!キュート!!ハッピー!!!」
言い訳をしたかったが脳が追いつかなく幼児レベルの英単語しか発せなくなってしまった。
ちなみに知り合いに女装男子がいるのは本当である。弟の同級生なのだが何度見ても男だとは信じられない。
「ナルハたんは所謂『男の娘』ってやつだよね。……ワカナンも普通に分かってるもんだと思ってたよ」
「まさかそこまで馬鹿とはな。ホントに呆れたのだ」
「……まあ、強さに性別など関係ないさ!強ければ良いんだ!元気だせナルハ!」
「や、やめて!!これ以上私の傷を抉らないでーっ!!」
この後廊下で騒いだ事により教師に見つかって、事情説明を迫られたのは言うまでもない。
「…………失敗したのか」
暗い室内に、重量のある声が響き渡る。押しつぶされるような怒りとプレッシャーで、私は思わずたじろいだ。
「はい……申し訳ございません、レグリオ様。ナルハ様はやはりアイツ……ワカナと一緒でした」
「畜生……何か、何か手はないのか」
レグリオ様は、デスクの上に置いてある写真立てに目をやった。暗くて表情はよく見えないが、彼と今まで交わした会話から、きっととても悔しそうな顔をしているのだろうと想像できた。
それには確か、ナルハ様の幼い頃の写真が入っているはずだ。侍女と一緒に庭の手入れを一生懸命なさってる姿を、私がカメラに収めレグリオ様に渡した。
その時特に反応はなかったが、こうやって飾っているのだからきっと気に入っていらっしゃるのだろう。
レグリオ様にとって、ナルハ様は何物にも代えられない大事な一人息子なのだ。
「そうだ、レグリオ様。これを」
「……これは?」
「ナルハ様と共にいた、金髪の女から。レグリオ様にと」
薄い水色の封筒を差し出す。
レグリオ様は静かに封を開け、中から二枚の便せんを取り出した。書かれている文字を声に出さずひたすらに読んでいく。
部屋に数分の沈黙が訪れ、その後レグリオ様が声を上げた。
「これは……どういう事だ、ザレア」
「何が書かれていたのですか」
「……とても信じがたいことだ。ただ、この署名……。嘘とは思えんな」
「署名?差出人の名前ですか?確か、リアス・セイバート……」
「セイバート?いや、ここに書いてあるのは……」
その後に続いた言葉に絶句した。気付かなかった。……いや、それも無理はない。
その名が世に知れ渡ったのは随分と昔のことだ。彼ら一族の名は一瞬で世間に広がり、そして一瞬で去って行った。
その名を継ぐ者が、ナルハ様と共にいる。そして何故か、ワカナ・リビットもそこに……。
「ザレア。これを読め。そして速やかに軍に撤退の指示をしろ」
レグリオ様は手紙を私に手渡した。
同じように声には出さず、青のインクで書かれた文字を読んでいく。
…………それは確かに、にわかにも信じられない情報だった。
「……そんな、ではアイツは」
「ああ。……とにかく、今は様子見だ。何も手出しをするな」
「全てはレグリオ様の仰せのままに」
敬礼をし、私は部屋を後にした。
扉を閉めようとした瞬間、隙間からレグリオ様が窓から夜空を見上げているのが見えた。
今宵は満月だ。庭の花達は月夜に照らされキラキラと輝いている。
「ナルハ……。必ず、救ってやるからな」
その悲しそうな声は、聞こえなかったふりをした。