スラム
世界中どの国にもどの街にも貧しい者達の住むスラム街はある。
この世界最大都市グースにも大きなスラム街があるのだ。
大都市の西側に面する場所に古びた建物が建ち並び、歩きにくそうなデコボコした石畳の道路が印象的な場所。
都市の繁華街とは掛け離れた静けさが漂うスラム街で獣人族の幼女とアキトはデコボコの石畳を歩き、奥へ奥へとやって来た。
この獣人族の幼女はミャーと言うらしい。
「何かお礼させてくださいにゃ!」
必死にアキトに懇願してくる幼女の申し出を断れるわけも無く着いてきたのだ。
言っておくがアキトはロリコンではない。
「ここですにゃ。」
ボロボロの家屋。砂漠の地にあるアキトの本当の住まいである小屋より酷い。
木造であるが、屋根は木の板を重ねただけで所々に穴が空いているのだろう更に板で貼り合わせてある。
ギシギシと古びたドアを開けると、薄暗い部屋に木製の2つの椅子と小さなテーブルが置いてある。
照明はランプのようで薄暗い部屋に器用に灯りをともす幼女。
「そこに座ってくださいにゃ。汚いところだけど飲み物ぐらい出すにゃ。」
側にある流し台で台座に登り、火をたく幼女の後ろ姿を見てアキトは可笑しくなった。
大人の真似事をしているのかと思ったが、器用に火を炊きお湯を沸かしている所を見ると自分の身の回りの事は何でもしているようだ。
「はい。どうぞにゃ。」
ヨロヨロと出された飲み物は黄緑色で濁っている。
はて、どんな飲み物なのか口を付けてみる。
「頂きます。あちっ。」
猫舌だったアキトは思いのほか熱く出された飲み物を飲み込み眉をしかめる。
「どうですにゃ?」
「まーまーだな。美味いとは言えん。」
正直に答えるアキトにクスクス笑うミャー。
「牛のミルクを薄めて、煎じた薬草を入れたものにゃ。近くの森でもいっぱい取れるにゃよ。健康には良いにゃ。」
こんな小さな幼女なのに魔物の出る森に入っているのか。しかし、それにしても不味いなと思うアキト。
「これもどうぞにゃ。」
こげ茶のせんべいみたいな物を口に運ぶ。
ガリガリとする音。
「これは、美味いが焦げてるな。」
「へへっ。クッキー作るつもりでやってみたら失敗しちゃたにゃ。でも、勿体ないから食べてるにゃ。」
歯が欠けると思うほど硬い。石にかぶりついてる様だ。
「ミャー。お前はこの家で1人で住んでんのか?」
「いや。違うにゃ。奥の部屋にお母さん居るにゃ。」
この家に入っても人の気配は全くしなかった。
ん?奥の部屋の気配を探ってみる。
微かに感じる魔力。しかし、小さい。この幼女の魔力の半分も届かないであろう魔力を感じる。
「お前のかーちゃんは病気か?」
「う、うん。近頃酷くなったにゃ。でも、お金も無いしこの薬草入りの飲み物で我慢して貰ってるにゃ。」
「ちょっといいか。」
「え?待ってにゃー!」
アキトは立ち上がり、無造作に奥の部屋に向かいドアをバンと開け放つ。そこには、やせ細った獣人族のミャーの母親が青白い顔で寝ていた。
掛け布団はされているがソレには吐血の跡がある。
危ない。このままだと永くはない。
突然ゴホゴホと咳き込むミャーの母親。鼻からも血が出ている。
「お母さん!お母さん!大丈夫!?」
母に駆け寄るミャー。小さな身体で母を優しく抱くのだ。
「。。。お、おやお客さんかい。申し訳ないねー。お構いも出来なくて。ゴホッゴホッ!」
明らかに無理をしている。身体を起こそうとするミャーの母親。
「お母さん。無理しなくていいにゃ。ゆっくりするにゃ。」
「どけ。」
「え?」
「どけ。聞こえなかったのか?お前のかーちゃんはもうすぐ死ぬぞ。」
「そ、そんな事ないにゃ!お、お母さんは私が助けるにゃ!」
必死に訴えるミャーは震えている。
母は目が虚ろだ。
そんな母に抱きつくミャーを無理やり剥がし部屋の隅に放り投げる。
「な!何をするにゃー!お母さんに!お母さんに!手を出すにゃー!」
アキトに飛びかかり必死にポコポコ殴り掛かるミャーを無視して獣人族の女の様態を確かめる。よし。
「お前のかーちゃんは俺が助けてやる。」
「え?」
アキトは無詠唱で神級魔法を発動させる。
光神級魔法『サンゴットヒル』
アキトの祖母であるシルフィードが得意とした神級回復魔法。
強い呪いなどには効果は無いが、如何なる病や怪我も回復させる大魔法である。
世界共和国では使える者は誰1人としていない。
目を開けていられない様なまばゆい光が部屋を覆う。
「え?え?何にゃ?この温っかい光?」
光が静まるとそこにはスースーと寝息をたてるミャーの母親。
その顔は赤みを差している。
「お!お母さん?あ、あれ?お母さんの顔が!お母さんの顔が戻ってるにゃ!戻ってるにゃ!」
アキトを押しどけマジマジと母の顔を覗き込む娘のミャー。
アキトの顔も交互に見て、驚きの表情をしている。
「お前のかーちゃんはあと数日。悪ければ今夜にも死んでいた。
一般的には不治の病と言われる『魔血病』と言われる病気だ。でも、良かったな。俺とミャーが偶然にも会って無かったらお前のかーちゃんの命は無かった。お前のかーちゃんは治ったぞ。」
『魔血病』とは体内の魔力と血液が何らかの要因で結びつき身体を蝕む病気だ。
吐血をし出すと永くは生きられないと言われる不治の病。
何千人に1人の確率で発症すると言われているのだ。
「ほ!本当に!?本当に!?あ、貴方が治してくれたのにゃ!?ありがとうございますにゃ!ありがとうございますにゃ!ありがとうございますにゃ!」
ミャーは慣れないであろう土下座をして何度も頭を床に叩きつけグズグズ泣いている。
「魔法病院の先生にも見て貰ったにゃ!治らない病気だって言われたにゃ!でも!でも!諦められなかったにゃ!」
「ああ。分かったよ。そんなに興奮したら寝てるかーちゃん起こすぞ?」
「あっ!そうだにゃ!ごめんなさいにゃ。。。」
塩らしくなるミャーの頭を優しく撫でるアキトであった。




